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3期生の部屋

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[1303] 卒業式から50年経ちました Name:木村 3組 Date:2018/02/14(水) 09:14 [ 返信 ]
 50年前の今日昭和43年2月14日は、佐賀北高等学校第3期生の卒業式でした。
 卒業式のことを覚えていますか。
 大学受験のため、卒業式に出られなかった仲間もいました。
 半世紀です。この50年は長かったですか、それとも短かったですか。

 「蛍の光」、「仰げば尊し」は、歌詞が古臭く意味が理解出来ない、時代に合わないということで、歌われなくなりました。
 こんな素晴らしい歌が、消えていくのは何とも寂しい気がします。

 蛍の光
 2番まで 
 https://www.youtube.com/watch?v=brUWAlQsWMg
 4番まで
 https://www.youtube.com/watch?v=uSBzZyIxdak

 仰げば尊し
 https://www.youtube.com/watch?v=5zJ32QZAsSA

 北高校歌
 https://www.youtube.com/watch?v=lL2i1DKg3dw


[1302] 言葉の雑学D Name:木村 3組 Date:2018/02/14(水) 07:57 [ 返信 ]
 おはようございます。
 今朝は、雪もなく冷え込んではいますが、穏やかです。
 再び言葉の雑学です。このシリーズはあと一回で終わりますので、お付き合いください。

◎言葉の雑学5 

●させていただく
 歯医者に行ったところ、たいへん丁寧な先生で「椅子をあげさせていただきます」「注射をさせていただきます」と、させていただくの連続。
 このぶんだと「これよりガリガリさせていただきます」なんてことになりはしないかと、ビクビクした。

 さて、この「させていただく」は、許しや承諾を求める意味あいのことばである。謙虚な表現ではあるが、多過ぎると、いやみであり卑屈な感じにも聞こえるし、ヘタをすると痛くもない腹をさぐられかねない。最初の歯医者さんの話し方など、まるで患者である自分がモルモットにされるような気がしてくる。

 司会者がよくいう「これより祝賀会をはじめさせていただきます」「原先生をご紹介させていただきます」「4時には終了させていただきます」は、それぞれ「はじめます」「ご紹介いたします」「終了の予定です」で十分。ほんとうに使うべきときに使って、はじめて敬語は生きてくる。

「時間の都合で、本文は省略させていただきます」のように了承を求めるとか、とくに謙虚さを示すことが必要な場合にだけ用いれば良い。いくつか使い過ぎの例をあげておこう。

「定休日につき休ませていただきます」 → 「定休日につき休業いたします」
「眼鏡の片方のレンズは、無料で進呈させていただきます」 → 「眼鏡の片方のレンズは、無料で進呈します。」
「出血大サービスさせていただきます」 → 「出血大サービスします」

●方・お方・人・者
「近ごろ、ペットをお飼いになる方が多くなりました」「酔っぱらった方が、駅のベンチで寝込むことが多い」のように、「方」の乱用が目立つ。
 
「方」は「人」「者」の敬称であるから、目の前にいる人とか、事件に関することなどで敬意を表する場合に使い、そのほかは「人」「者」が良い。

 次に誤用の例をあげる。(かっこの中が正しい)
@こちらにいらっしゃる人(方)は、一次試験の合格者です。
A昨年、申告された人(方)は、右の列に並んでください。
B原爆で亡くなった人(方)の慰霊祭を行います。
C妻が夫を指し、第3者に対し「この方(人)は、お酒だめなんです」
D「いま、営業の方(者)がまいります」 
 @とAは、目の前にいるから。Bは、敬度の高い厳粛な事実だから。Cは、身内だから「人」または「主人」と言い換える。Dも身内だから。


[1300] 今朝も雪景色 Name:木村 3組 Date:2018/02/13(火) 08:41 [ 返信 ]
 おはようございます。

 天気予報では、夜半から今日の昼頃まで雪が降るということでしたが、夜半はほとんど降ることなく、今朝の7時過ぎから降りはじめ、30分ほどで庭の木や植木鉢が雪で真っ白になりました。
 今も降り続いています。

 昨日、雪が積もると雪だるまを作っていたと書き込みましたが、熱中しすぎて遅刻したことがありました。
 当時、私が住んでいた高木瀬町長瀬の家から小学校までは、今のように住宅や工場、商店はなく、稲刈りの済んだ後の田んぼを、学校目指して一直線に走って行けば、そんなに時間はかからなかったはずなのに、それでも遅刻してました。  
 のんびりしてたのですね。

 今日も雪景色を楽しみます。そいぎ(んた)。


[1301] RE:今朝も雪景色 Name:木村 3組 Date:2018/02/13(火) 21:12
 3月の忘れ雪は、人の足を止めるような悪さをしない。終雪(忘れ雪、名残雪、雪の果てetc)は、積もらないという意味だそうです。
 この時期に降る雪も悪さはしませんで、お陰様で、昨日、今日の雪は午前中にはノーエ節でした。


[1298] 雪です。 Name:木村 3組 Date:2018/02/12(月) 08:20 [ 返信 ]
 おはようございます。
 今朝の佐賀は、一面真っ白です。
 今も、降り続いていて、小さい頃によく見た風景だなあと、寒い中、長靴を履いて、垂れた○○を袖で拭きながら、雪合戦や雪だるまを作って遊んだことを思い出しています。

 サンデー毎日なのに、週休二日制をしてしまいました。
 
 今日は、雑学が似合いそうにありませんので、ここまで。そいぎんた。


[1299] RE:雪です。 Name:木村 3組 Date:2018/02/12(月) 13:13
 朝、4〜5センチ程積もっていた庭の雪は、日陰が少し残っているだけで、ほぼ溶けてしまいました。
 あっけないですね。

 知人(勿論3期生)から、2年生のとき、校舎の屋上で雪だるまを作ったり、ベランダ越しに下の階の1年生と雪合戦をした楽しい思い出があるというメールが来ました。


[1297] 言葉の雑学C Name:木村 3組 Date:2018/02/09(金) 08:17 [ 返信 ]
 今朝の新聞に、嬉野市吉田にあります県営横竹ダムサイトで、昨日樹氷が見られたと載っていました。
 何十年ぶりかの厳しい冷え込みで、日常生活に支障が出ている地方の方からすれば、何事かと言われそうです。

 ◎言葉の雑学C

●二重敬語と長敬語
 会社のロビーでの会話。「どうぞ山田部長が、お帰りになられましたら……」
 べつに、なんでもないようだが、「お帰りになる」という尊敬語に「られる」(尊敬を表す助動詞)をつけたかたちなので、二重敬語になる。「お帰りになったら」「お帰りになりましたら」または「帰られましたら」で良い。
 「お読みになられる」「およびになられる」「おいでになられる」「お起こしになられる」などは、いずれも「られる」をとって「お……になる」で良い。

 「ご令息」「ご令嬢」なども、「令」が尊敬語であるから、「ご」をつけると二重敬語になる。こういう場合の「ご」はなるべくとったほうが良いとされているが、語感的にはつけたくなるのも、やむをえない。

 「ご使用上のご注意をよくお読みのうえ、ご服用ください」は薬の説明であるが、丁寧過ぎて煩わしい。
 敬語が長く続く場合は要所要所に、または最後だけ敬語にするのも手である。「使用上の注意」をひとつの名詞として考えれば敬語がふたつ減る。「読む」も敬語をとって最後だけ残してがんばってもらうと、スマートになる。「使用上の注意をよく読んで、お飲みください」。

●謙譲語と尊敬語
 課長が女子事務員に、命令していた。「あのお客様に、次はいつまいられるのか、すぐ聞いてくれ」
 この「聞いて」は女子事務員がお客さんに向かって質問する意味だから、お客さんより一歩へり下った表現(謙譲語)で「おうかがいして」「うかがって」としなければならない。
 次に「まいる」は「私がまいります」のように「行く・来る」の謙譲語であるから、これに「られる」(敬語助動詞)をつけても尊敬語にはならない。たいへんな失礼である。「来る」の尊敬語「いらっしゃる」、または「お見えになる」「見えられる」を使って、「いついらっしゃるのか」「いつお見えになるのか」「いつ見えられるのか」のようにすれば良い。

 これと同じようなまちがいに、「おられる」という言い方がある。「おる(居る)」はそもそも「いる」の謙譲語であるから、これに「られる」をつけても「まいられる」と同じで尊敬語にはならない。それどころか、こんな言い方は、一人の人の立場が矛盾してしまうのだからそもそもできないのである。

 「お……する」も謙譲語である。仲居さんが「お客様、お風呂が沸いたらおよびします」というときは、「よぶ」の謙譲表現で、仲居さん側につけるのは正しいが、「ご用のときは、このベルでおよびしてください」は、「およびして」(謙譲語)を客の行動につけたから誤りである。「およびください」で良い。

 「お待ちしてください」「お聞きしてください」「お持ちしてください」のような言い方がはやっているが、「して」が入ると謙譲語になるから、尊敬表現として用いると誤りである。

 ほかにもテレビCMなどで、「温かいごはんに振りかけますと、おいしくいただけます」などといっているが、「食べる」の謙譲語が「召しあがる」だから尊敬語になおして「おいしく召し上がれます」が正しい。

 よくある「証明書をご持参ください」も「持参する」は謙譲語であるから「お持ちください」としなければいけない。

 よくよく考えてみれば、妙な使われ方をしている敬語がかなりある。中でもとくに、謙譲語を尊敬語のつもりで誤用する例は多く、なかなか気づきにくいものである。


[1296] 言葉の雑学B Name:木村 3組 Date:2018/02/08(木) 08:36 [ 返信 ]
 今朝も雑学です。小言幸兵衛のようで、しかも少し長いですが、不悪。

◎言葉の雑学B
出典「言葉のおもしろ博学」雑学研究会・編

●「お」と「ご」のつけすぎ
 NHKテレビの「おしん」を見て、「おしんちゃんが、おかわいそうで」と泣いていた人がいた。
 ドラマの人物に対して、実在する人のように「お・ご」をつけるのは誤りである。

 「お」のつけ過ぎ代表は、幼稚園の先生と、料理の先生と、ザアマス夫人といえる。
  ※いくらなんでも、この「ザアマス」はもはや死語と思います。
 「お絵かきしましょう」は「絵をかきましょう」、「お遊びしましょう」は「遊びましょう」で良いではないか。「おねぎ」「おにんじん」「お味がおよろしい」「お小さいお皿」のように、歯の浮くような「お」は、やめてもらいたいものだ。
 相手のもの、動作に「お・ご」をつけるのは原則だが、別の意味にとれるものや語感的におかしいものは、避けたほうが良い。たとえば、「お眼鏡」「お色気」「おさわり」などだ。
 美化語の「お」もなるべく少なくしたい。とくに、カタカナ語につける「お」はふやしたくない。
 「おパーマ」「おケーキ」「おダイヤ」「おチケット」など、「お」をつけるのはやめたほうが良い。
 「お」と「ご」の区別は一応、漢語には「ご」をつけるのが原則だが、例外もある。「お達者」「お洗濯」「お休憩」「お上手」などだ。
 「お・ご」の問題は、習慣や語感によるものも多いから、他人の正しい敬語に耳を傾けて、体で覚えるのが一番だ。

 以下出典は、「言葉の常備薬」呉 智英著
・「お」がついてお上品?
「お宝」という言葉をよく見聞きする。年代もののカメラや時計、絶版となった稀覯本などのことだ。確かに、これらは高価で珍しいものだから「宝物」にちがいないが、それに「お」をつけるだろうか。
「お」をつけて「お宝」と言うのは、普通次の三つである。まず第一が、昔話に出てくる金銀珊瑚のような財宝のことだ。しかし、これは必ず「お」をつけるとは限らない。第二が、金(かね)の意味で「お宝」という場合。少し古い言葉だが、これは必ず「お」がつく。第三が、正月に良い初夢を見るように枕の下に敷く宝船の絵を描いた紙。今ではほとんど見られなくなった風習だが、明治頃までは売り子が「お宝、お宝」と叫びながら、宝船の絵を売り歩いた。これも必ず「お」がつく。
 昨今使われる「お宝」は、このどれにも該当しない。テレビ番組から始まった一種の流行語だ。

 三十数年前、大学入学とともに上京した私は、東京ネイティブが異様なまでに「お」を多用するのに驚いた。学生食堂で友人がしきりに「押す」を連発するので、何を押すんだろうと思っていると、「お酢」であった。私は十八歳になるまで「酢」に「お」をつけるなとどは考えてもみなかった。

 レストランのウェイトレスが「おビール」と言うのも変な感じがした。高校の国語で、「酒」は「お酒」と言うが、外来語である「ビール」は「おビール」とは言わない。と習っていたからである。彼女たちの大半は東京ネイティブではないはずだし、当時のことだから高卒者さえ多くはなかった。東京に出て来たのだからお上品な言葉を使わなくちゃ、という強迫観念がそう言わせたのだろう。しかし、いつの間にかこの「おビール」も定着して広まってしまった。それどころか「おコーラ」さえ耳にしたことがある。そのうち「おファンタ」だの、「おスプライト」だの出で来るんじゃないか、と、怖いもの見たさで期待していたが、さすがにそれは今に至るまで聞いたことがない。

 江戸時代の川柳に、こんなのがある。
「お台所でおすりばちがおがったりおがったり」
 奥様が、田舎出の下女に、お前は言葉使いが野卑だから、とにかく「お」をつけなさいと叱った。すると、それを守った下女が何にでも「お」をつけた。それがこの一句。

 この奥様のようなことをおっしゃる先生がいる。産能大の講師で社会人教育の講座を持つ徳川桃子先生だ。名前から察するにやんごとなき御出身の方かもしれない。
 徳川桃子先生は産経新聞にもマナー講座を連載していたが、一九九五年二月二十五日付同紙では、次のように書いている。
「『友達と飲みに行って……』とか『あたしって、結構料理好きなんですよ』などという言葉を、若い女性の口から聞くのは、あまり心地よくない。『お友達』『お料理』といってほしい。『お』の付け方は、しばしば議論を呼ぶが、この丁寧語『お』は譲れない。付けなくてはならないと思う」

 幼稚園児たちは、確かに「お友達」と言う。これは幼稚園の先生が、園児たちに向かって「お友達」と話すのを、園児たちがそう憶えたのである。我々は、他人の、とりわけ目上の人の友達を、「お」なしで「友達」とは言わない。「あの方はお友達ですか」などと言う。しかし、自分の友達は、一種の身内と考えて「友達」でいい。幼稚園児はこの区別ができず、先生が自分に向かって「お友達」と言っているのを聞いて、そのまま使う。先生が「桃子ちゃんのお父さん」と呼んでいるので、自分の父親を他人の前でも「お父さん」と言うのと同じなのである。

 徳川桃子先生は、学生たちに、幼稚園児じゃないんだからむやみに「お」をつけるなと教育した方がいい。同時に、それこそ若い女性が得意の「あたしって〜なんです」という甘えた言い方も、直ちに矯正つせるべきである。「あたしって結構料理得意なんですぅ」と「あたしは料理が好きです」とでは、どちらが知的で上品か、説明するまでもあるまい。

 ところで、「お」を外すと意味がわからなくなる言葉がある。「ま」で始まる言葉だ。
「まけ」は「おまけ」じゃないと意味がわからない。あ、もう一つあった。これも「ま」で始まる。「おまわりさん」もそうだ。あれ、もう一つあったかもしれないような……。  


[1295] 言葉の雑学A Name:木村 3組 Date:2018/02/07(水) 08:16 [ 返信 ]
 おはようございます。
 今朝も大変冷え込んでおりました。

◎言葉の雑学 2
●言いまちがえやすいもの
・口先三寸
 口先は口の先端、あるいは実のないうわべだけのことばという意味だが、口先と三寸(約十センチ)とは関係がない。三寸と関係があるのは「舌先」である。したがって「口先三寸でごまかす」は「舌先三寸で……」でなければならない。
 この舌先三寸をうまく使えば出世できるが、口先三寸では出世できまい。

・公算が強い
 公算は確からしさ、確実性の度合い、確率を意味するが、しばしば「公算が強い、公算が薄い」のようにいう人がいる。
 しかし、公算は「大きい」「小さい」「高い」「低い」とはいえるが、「強い」「弱い」「濃い」「薄い」とは言いにくい。「濃い」「薄い」は「見込み」であり、「強い」「弱い」は「可能性」であろう。
  
・おぼつかぬが……
 ぼんやりしてはっきりしない、不安だ、心細いなどというときに「おぼつかない」というが、この「おぼつかない」は形容詞であり、「おぼつかな」までが語幹で変化しない。
 したがってい、時々聞く「おぼつかぬが、やってみよう」という言い方はまちがいである。「おぼつかない」の「ない」は打ち消しの意味ではなく、はなはだしいという意味であるから、「ない」を「ぬ」や「ず」に変えることはできない。

●意味をとりちがえているもの
・朝から晩まで喧嘩のしっぱなし
 「……ぱなし」というのは、始末をつけずにそのままにしておくことであり、「食べっぱなし」といえば、食べた後を片づけないでそのままにしてあるという意味である。ずっとのべつに食べていたといいたいなら、「食べどおし」だったといわなければならない。
 「朝から晩まで喧嘩のしっぱなし」も「朝から晩まで」とある以上、「喧嘩のしどおし」でなければおかしい。

●かたちが崩れていることば
・やっぱ・やっぱし
 「やはり」のほうが「やっぱり」より上品に聞こえるが、どちらにしても副詞だから変化のしようがない。ところが、近ごろあちこちで「やっぱ、そうなの」「やっぱし、思ったとおりだ」などというのを聞く。 
 同じように、「たっぷり」「ぴったり」「さっぱり」などの副詞を勝手に変化させて、「水をたっぷし入れてよ」「あなたにぴったしね」「きれいさっぱし忘れちゃった」などの言い方もされているようである。これをナウな感覚などと思って使っているのだろうが、けっしてきれいなことばではない。

・きれえ
 日常会話ではよく「きれぇだねえ」などというが、それはいたし方ないとして、「きれぇなお空だとびおきよ」「どの花見てもきれぇだな」などとテレビやラジオで歌っているのは耳ざわりである。せめて歌だけでも「きれい」と正しく発音してもらいたいものである。

・とんでもございません
 「とんでもありません」「とんでもございません」という人があまりにも多いため、これを正しい言い方だと思っている人もあるだろうが、正しくは「とんでもないことでございます」といわなければならない。
 「とんでもない」の「ない」は「かたじけない」「おぼつかない」「せわしない」「やるせない」などの「ない」と同じで、否定や打ち消しの意味ではなく、「甚し」(はなはだしい)の意味である。したがって、その「ない」のところに「ありません」や「ございません」をはめこむことは好ましくない。

●漢字の読み誤りによるもの
・身を粉にして
 「身を粉にする」はたいへん骨を折るという意味だが、時々「身をこなにして働いた」なんていう人がいる。粉には「こな、こ」の二訓があり、この「身を粉にして」や「粉がふく」「きな粉」「小麦粉」「汁粉」などは「こ」である。

・他人事
 よそのひとを意味するとき「他人」と書いて「ひと」と読ませる習慣がある。「他人事」もそのひとつで、「ひとごと」と読む。
 しかし、近ごろその習慣を知らない人がふえてきたらしく、「とてもたにんごととは思えない」などというのをよく耳にするので、とても他人事だといってすましてはいられない。
 ただ、「他人の空似」「他人行儀」などは「たにん」である。

・間髪をいれず
 「かんぱつを入れず質問に応じた」のようにいう人がいるが、「かんぱつ」ということばはない。間髪を入れずは髪の毛一筋の合い間もないこと、つまり「すぐさま」とか「すかさず」という意味であり、「かん、はつを入れず」といわなければならない。

●ぞんざいなことば、気になることば
・やる
 「やる」は、いやなことばだ。「私がやります」は「私がいたします」のように、自分なら「いたす」、相手なら「なさる」に変えたほうが良い。
 「一ぱいやる」「水をやる」のようなものはそのままで良い。

・わかりました
 「わかりました」の濫用もやめよう。「わかっちゃいるけどやめられない」の歌のとおり、わかることと実行することは別である。実行するなら「承知いたしました」「かしこまりました」とする。

・してくれませんか
 「してくれませんか」これもぞんざいなことばだ。「込み合っていますから、もっと詰めてくれませんか」は「詰めていただけませんか」のように「いただく」に変えればぞんざいでない。


[1294] 言葉の雑学@ Name:木村 3組 Date:2018/02/06(火) 11:26 [ 返信 ]
 昨日の夕方から、テレビは目達原自衛隊所属のヘリコプター墜落事故一色と言っていいほどの報道でした。
 また、今朝の佐賀は平野部でも積雪し、一面雪景色でした。もっとも、冬の日射しではありますが、溶け始めています。
 
 今日は、言葉の雑学です。
 出典は「言葉のおもしろ博学」雑学研究会・編

 どうでもいい言葉の雑学です。皆さんにとっては、ご存知のことばかりだと思いますが、暇つぶしにどうぞ。

 ただし、昭和の終わりに発行された本ですので、今ではその用い方は正しいとされたものがあるかもしれませんので、不悪。

●重複を重ねる
 同じような意味の語を重ねた言い方を「重言(じゅうげん)」と言う。”今の現状では” ”電車に乗車する” などがこれだ。それとは知らずに使っているが ”むやみやたら” も重言である。
 この重言のオン・パレードともいうべきものは、皆さんもよくご存じだろう。

「いにしえの昔の武士の侍が馬から落ちて落馬して顔を赤くし赤面し家に帰って帰宅して仏の前の仏前で短い刀の短刀で腹を切って切腹した」

●せんろっぽん
 センロッポンといえば、どなたもご存じのとおり大根を細長く刻んだもの。汁の実にすることが多く、古くから「繊蘿葡汁(せんろふじる)」と呼ばれるみそ焼きがあった。センロッポンは漢字で千六本、繊六本などと書くが、いずれもあて字で、正しくは「繊蘿葡」。このセンロフを唐音に読んだ「センロウボ」が変化したことばが「センロッポン」である。

 かつてある新聞のコラムに「大根の千六本を半分つまり五百三本」といってのけたNHKの男性アナウンサーの話が載ったことがある。ずいぶんとご念の入ったまちがいで、アナンウンサーばかりでなく、専門の料理専門家の中にも、ことばの由来に無知な人がいて、著書に「せんろっぽ大根」と書いたり、「人参のせんろっぽ」など平気でしゃべっている。

「せんろっぽ大根」と書けば、せん切ダイコンダイコンになり、「人参せんろっぽ」に至っては、せん切りダイコンニンジンということになり、何がなんだか分からなくなってしまう。

●意味が反対になるもの
・時流に掉さす反骨の詩人
 掉さすとは、棹を水底につきさして舟を進めることで、流れに逆らうことではなく、流れに乗ることである。
 ところが、反対の意味にとっている人が多く、「時流に掉さす反骨の詩人」のような言い方をしばしば耳にする。

・汚名挽回
 あちこちで汚名挽回、汚名挽回といっているのを聞くが、晩回は「もとの状態にもどすこと、回復」という意味である。つまり、汚名挽回では汚名の状態にもどす、せっかくすすいだ汚名を回復することになってしまう。
 挽回ということばを使うなら。「名誉挽回」であり、汚名のほうを残すなら、「汚名返上」というべきである。
 名誉は挽回するもの。汚名は返上するもの。

・裏腹
 裏腹は「あべこべ、正反対」という意味のことばである。つまり「いうことと行いが裏腹だ」というような使い方が正しい。
 時々「病気と貧困は裏腹であり……」のようにいう人がいるが、これでは病気になると貧困になりにくく、貧困だと病気なりにくいという意味になってしまう。「病気と貧困は相関関係にある」というべきだろう。

・役不足でしょうが……
 役不足は与えられた役が実力に比して不足であるとき、たとえば「君には役不足だろうが、この役は君にしか頼めないのでね」のように使われる。
 ところが、「私では役不足でしょうが……」のように、その役をつとめるにはまだ力が足りないという意味で使う人がいる。
 それなら「私では力不足でしょうが……」といわないと、生意気な奴だと思われよう。

●まちがえやすい慣用句
・口を濁す
 時々、「口を濁す」という人がいるが、「ことばを濁す」というべきであろう。ことばを濁すとは、はっきりいわない、あいまいな言い方をすることだが、口を濁すとはどういうことかわからない。

・心血を傾ける
 「心血を傾けて……」という人がいるが、心血は傾けるものではなく、注ぐものである。また、傾けるのは「全力」である。
 「心血を注ぐ」は心と体のすべてをこめてものごとを行うさまで、全力を尽くす、全力を傾けるとほぼ同じ意味である。

・食指を伸ばす
 食指は人差し指で、「食指が動く」は食欲が起こる、ものごとを求めようとする心が起こるという意味だが、時々「触手を伸ばす」と混同して「食指を伸ばす」という人がいる。
 また「食指をそそられる」という人もいるが、そそられるのは「食欲」であり、食指は動くものである。

・的を射る
 しばしば「的を得たご意見だ」のようにいう人がいるが、的は射るものであり、得るのは「当」である。
 「的を射る」は正しく要点をとらえること、「当を得る」は道理にかなうことである。意味が似ているため混同されやすい。

・二の矢がつげず黙ってしまった。
 「二の矢がつげぬ」は続いてうつべき手段に窮すること、「二の句がつげない」はいうべき次のことばが出てこないことである。
 したがって「二の矢がつげず黙ってしまった」は「二の句がつげず……」というほうがよい。

・仕事に目星がついた
 「目星がつく」は見当がつくという意味であり、「目鼻がつく」は物事が大体出来上がるという意味である。だから、「ようやく仕事に目星がついた」というのはおかしい。「……目鼻がついた」というほうがぴったりする。 了 


[1293] 続佐賀藩と唐津藩 Name:木村 3組 Date:2018/02/04(日) 17:45 [ 返信 ]
 50年前、「唐津は献杯、佐賀はお流れ頂戴」だったと書きましたが、今でもそうだろうかと気になりましたので、唐津在住の知人に確認しましたところ、若い人たちの間では、そういったことを意識することなく飲んでいる。

 ただ、あらたまった席では、そういうものが残っている。特に、唐津くんちの曳山を引く際には、事故を防ぐ為序列を大事にして統制されているので、そういった場での飲み会では、こういったしきたりを大事にしている。ということでした。

 年配者と若い人が一緒に酒を飲む場が少なくなった今日では、そういったことを意識することもないかのかもしれません。
 


[1292] 返信、返信また返信 Name:木村 3組 Date:2018/02/03(土) 08:42 [ 返信 ]
返信、返信また返信
まとめて返信します。

◎佐賀藩と唐津藩
 昨日、「佐賀藩と唐津藩」と題して書き込みましたが、読み返してみましたら、枕がなく自分でも唐突と感じましたので、みなさんもそう思われたのではないでしょうか。
 
 実は、今週初め、昔の仕事仲間5人と久しぶりに飲み、色々と現職時代の思い出話をしている中、新採の時のことが話題となり、それぞれが50年ほど前のことを昨日のことのように話し出しました。

 私の場合、強烈に残っているのは歓迎会の席でのことです。
 新採ですので、まずは上司から貰おうと、上司の前に行き一杯頂戴しますとお願いしましたら、やんわりと、一杯どうぞじゃないかと言われ、意味が分からずにいたところ、別の上司が、その人は唐津の人だから献杯をするべきだということだよと、言われたのですが、それでもどうしていいか分からずただ座っていましたら、「佐賀は一杯頂きますというのが礼儀だが、唐津は一杯どうぞというのが礼儀だ」と、教えていただき、初めてそういうことかと、やっと理解し、一杯どうぞと献杯しました。
 こういうことがあったので、佐賀藩と唐津藩のことを書き込んだ次第です。

◎皇后たちの嫁姑問題
 大西さんが、「さて、今日の記事、美智子皇后の成婚について記されていますが、当日多久市多久町で行列に臨んだこと、鮮明に覚えております。当時、父が駐在所勤務の警察官であった為、副島家のごく近くに住み、地域も小学校も祝賀ムードに包まれたこと、改めて思い出しました。」と書き込んでおられますが、そのことについて、一つ思いだしたことがあります。ご成婚は昭和34年4月10日(金)で、その日は学校は休みでしたので、前日に紅白の餅を学校で貰った記憶がありますが、記憶違いかな。

◎クラスに副担任が居た?
 同じく大西さんは、「話は変わりますが、副担任の件、8組の松本先生については、恐らく同級生は殆どの皆さんの記憶にあるのでは…。 ニックネームが「ゲンブー」だった事も。 ゲンは「現代国語」からきたもので、ブーはご想像にお任せします。」と書き込んでおられますが、同じ8組の方から次のメールを頂戴しました。
 
 「3年8組の副担は“げんぶ−”とあだ名で呼ばれていた松本先生でした。クラスの仲が良かった友達3人で先生のお宅に遊びに行き、お母様の手料理をごちそうになりました。確か白菜と豆腐を煮たのがありました。懐かしい思い出のひとつです。」

◎「3期生の部屋とは何ら関係のない話」
 大いに結構で感謝です。楽しみにしておりますファンの為にも、どうぞ末永く宜しくお願い致します。 

 これについては、3期生の部屋のコンセプトとして上野さんが次のようなことを書いておられます。

「3期生の部屋」へようこそ!
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 ただし、良識を逸する書き込みはご遠慮ください!
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[1291] 佐賀藩と唐津藩 Name:木村 3組 Date:2018/02/02(金) 09:50 [ 返信 ]
 大西さんから、「3期生の部屋とは何ら関係のない話」も結構ですよと、仰っていただきましたので、図に乗って書き込みました。不悪。

◎佐賀藩と唐津藩

 江戸幕府成立後、外様大名である鍋島家が幕末まで治めた佐賀藩。
 それとは違って、島原の乱で改易となった外様の寺沢家に替わって、譜代大名として、大久保、松平、土井、水野、と頻繁に交代し、1817年以降幕末まで5代続いた小笠原が治めた唐津藩。

 風土は全く違っていて、一例をあげれば献杯の唐津、お流れ頂戴の佐賀。etc

・国体の愛称問題
 昭和51年に第31回国民体育大会が、「さわやかに すこやかに おおらかに」を大会スローガンとして、高木瀬町の総合運動場をメイン会場に開催されました。

 県財政困窮の中、一時は国体返上の動きもありましたが、先催県から用具を借り受けたり、開会式の簡素化など節約に努力し、先催国体と比しても見劣りすることのない開会式や大会運営となり、節約国体のはしりとされました。

 この佐賀国体の愛称は、当初は「はがくれ国体」という案でした。
 しかし、唐津方面から「はがくれ」は佐賀藩の話であって唐津には関係ないとして反発が出て、結局愛称は「若楠国体」と決定されました。(と記憶しております。)


・「佐賀県の魚」問題
 佐賀県の県花は「クスの花」、県木は「クス」、県鳥は「カササギ」と制定されているのに、「県魚」は制定されていません。

 平成5年頃だと思いますが、私が水産関係の課にいた時、全国的に「県魚」を制定しようという機運が高まり、佐賀県でも「県魚」を制定しようという話が持ち上がりました。
 検討の結果、「むつごろう」や「くちぞこ」が候補に挙がったのです。

 ところが、玄海から「むつごろう」や「くちぞこ」は、有明海所謂「前海もん」で、玄海には生息していない。
 そんなものを佐賀県の魚にすることには反対だと、県議を中心として申し入れ(圧力)があって、結局は沙汰やみになり、未だに「佐賀県の魚」は制定されていません。
 勿論、県魚の指定がない県はほかにもあります。

 他方、長崎県では平成8年に「長崎県の魚」が制定されています。
 アマダイ、アワビ、サバ、イワシなどがそうです。


[1288] 今夜は、皆既月食、ブルームーン、スーパームーン Name:木村 3組 Date:2018/01/31(水) 06:40 [ 返信 ]
 今夜はブルームーンが楽しめる夜です。それも、皆既月食と重なっていて、一粒で2度美味しいグリコです。

 前回は2015年7月31日(金)でした。
 そのとき次回は2018年1月だとお知らせしていましたのに、どうでもいい書き込みばかりしていて、すっかり忘れていました。

 今夜の皆既月食は、8時48分から欠け始め、9時51分には隠れるということで、1時間以上続くようです。

 皆既月食の月は赤黒くなり、ブラッドムーンと呼ばれていて、そのうえ、今夜の月は普段よりも明るく大きく見えるスーパームーンにも近いということで、3つ合わせて「スーパー・ブルー・ブラッド・ムーン」という豪華な夜になりそうです。

◎ブルームーンとは
 ひと月に満月が2回あり、2回目の月をブルームーンと呼び、これを見ると、幸運になるという言い伝えがあります。

 今夜の天気は、どうかな。
 夜空に満月が煌々と輝くことを期待しましょう。
 ブルームーンのエネルギーが、皆さんに幸せをもたらすことをお祈りしています。
 
 ロレンツ・ハートという人の作詞で「ブルームーン」という歌があります。
 それの和訳を紹介します。
 
 ブルームーン
 あなたは一人ぼっちで立っている私を見ていた
 心に描く夢もなくて
 愛する人もいない

 ブルームーン
 あなたは何のために私がそこにいるのかちゃんと分っていたのですね
 あなたは私のお祈りが何を言ってたのか聞いていたのですね
 私が誰かを本当に大切にしたいということ
 それから突然私の前に現れた
 私がいつまでも抱きしめておきたいたった一人のひとが私は誰かがのささやきのを聞いた「どうか私を大事にして。」と
 そしたら、お月さまが金色に変わっていた

 ブルームーン
 今はもう一人じゃないんだ
 心に描く夢もなくて
 愛する人もいないような

◎スーパームーンとは
 満月が通常より大きく明るく見えるもので、月は地球の周りを楕円軌道で回っており、スーパームーンは、月が地球に近づく日と満月のタイミングが重なるために起きる。接近時の距離は、太陽の重力の影響で毎年変わる。というものだそうです。


[1289] RE:今夜は、皆既月食、ブルームーン、スーパームーン Name:木村 3組 Date:2018/02/01(木) 05:38
 昨夜の皆既月食は、新聞・テレビによりますと、北海道根室、東京、横浜、神戸など太平洋側を中心にしてよく見えたとあります。
 しかしながら佐賀は、月は見えたものの、雲がかかってぼんやりと小さくしか見えませんで、途中であきらめてテレビで見ました。
 福岡に住んでいる方もテレビで見られたようです。

 「月に叢雲、花に風」とまでは言いませんが、邪魔する奴はいるものです。残念。

 私が住んでいる佐賀では、ブルームーンもスーパームーンもブラッドムーンも、雲で楽しむことは出来ませんでしたが、雲の上には煌々と輝く月があって、幸せな光を地上に降り注いでいたと思います。 


[1290] RE:ブルームーン Name:サックス吹き Date:2018/02/01(木) 08:45
「ブルームーン」にはちょっと残念な想い出がある。20年以上前のこと、私のバンドのライブで歌っていた女性歌手が一人多重録音を駆使したア・カペラのアルバムを録音。日本の曲も含めて様々なジャンルの楽曲を吹き込まれたわけだが、その中にスタンダードの「ブルームーン」も入っていた。しかし「ブルームーン」に関しては少々工夫を施した。曲の中に菅原都々子さんの「月がとっても青いから」を挿入したのだ。その展開は洒落たもので出来上がりも上々。ところが、それに菅原さんからクレームがついた。当時テレビで流れていた富士フィルムのCMで「月がとっても青いから・・・遠回りしている内に迷子になっちゃった・・」というものがあった。高島一家が共演していたものだ。これが、ふざけているということで菅原さんの逆鱗に触れた。この楽曲は父親の陸奥明氏が娘のために作った曲で、菅原さんには特別な思い入れがあった。それで、この曲は一切使わせないという事態になっていた。何度か交渉したが、すっかりヘソを曲げていた菅原さんから承諾を得ることが出来ず、録音はお蔵入りになってしまった。

[1286] 皇后たちの嫁姑問題 Name:木村 3組 Date:2018/01/30(火) 08:35 [ 返信 ]
 随分前に購入したまま本棚に積読状態になっていた新書を読んでいましたら、鍋島直大(閑叟の子息)の娘梨本伊都子が現皇后の皇室入りついて言及した記述がありましたので、少し長いですが前後を含めて書き込みます。
 現行憲法には不敬罪がないので、こういうことが本になるのですね。
 
◎皇后たちの嫁姑問題
 出典 文春新書 「明治・大正・昭和史 話のたね100」 三代史研究会編 

 結婚してからしばらくの間、美智子皇后(もちろん当時は皇太子妃)はイジメにあっていたそうだ。昭和天皇の侍従長だった故入江相政の日記には、そのことを証拠だてる記事がたくさん出てくる。いじめたのは皇太子の母である香淳皇后たち。
 
 もっとも、皇太子妃、皇后とはいえ、所詮は嫁、姑である。姑が嫁をいびるのは古今東西普遍の現象であろう。

 現に香淳皇后自身も姑の貞明皇后(大正天皇の皇后)には厳しくやられたという。貞明皇后が青山にあった隠居所の大宮御所から皇居にやってくるときは、香淳皇后や女菅たちは服装や髪形まで地味にしてピリピリしていたと、ある側近が回顧している。ふたりの関係を象徴するきわめつけは、病床の大正天皇を皇太子(昭和天皇)とともに見舞った香淳皇后が手持ちぶさたにしていたところ、貞明皇后に「おしぼり」と一言言われ、あわてて部屋の中の氷柱のうえで冷やしてあったタオルを手袋のまましぼってしまった、とのエピソードである。気のきかない嫁にいらいらしている貞明皇后の内心がうかがえるようだ。

 もっとも、その貞明皇后にしても、姑の昭憲皇太后からすると満足のいく嫁ではなかった。昭憲皇太后に仕えていた山川三千子が書いた『女官』という本には、昭憲皇太后周辺が大正天皇夫妻を冷やかな目で見ていた様子がよく出ている。

 仲のいい嫁と姑などというのはテレビのホームドラマにしかいない。姑は嫁をいびり、嫁はそれに泣く。皇室だとて例外ではないのである。
 
       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ただ、香淳皇后の「嫁イビリ」には、それまでの皇室の嫁姑問題とは別の要素があった。「身分」の問題である。

 いうまでもなく、美智子皇后は「平民」の娘であった。父正田英三郎は日清製粉という一流企業のオーナー経営者で、親戚には複数の文化勲章受章者をふくむ有名な学者が何人もいるという知的な上流階級の生まれだったが、旧華族でも皇族でもなかった。これが香淳皇后には気に入らなかった。入江の日記には、宮内庁長官から正田美智子嬢が皇太子の相手にきまったと聞かされた皇后がひどく不機嫌だったという記述がある。(昭和33年11月15日)。
 また、結婚式当日のパレードに使う馬車が6頭立てだと知った皇后が、「私のときは4頭立てだった」と憤慨したともあり(昭和34年3月12日)、皇后の心のうちをうかがわせる。

 皇后だけではなく、美智子皇后には義理の叔母になる秩父宮妃、高松宮妃も面白くなかったらしい。元皇族だった人々も同様で、梨本宮守正王の妃だった伊都子などは、日本中が祝賀気分でわきかえった皇太子と美智子嬢の婚約発表の日(昭和33年11月27日)の日記{「梨本宮伊都子妃の日記」 皇族妃の見た明治・大正・昭和}に、「日本ももうだめだと考えた」とまで書いている。秩父宮妃の母親松平信子や、例の柳原白蓮らが中心になって、「愛国団体」に結婚反対をはたらきかけようとの動きさえあったと、これも入江の日記にある。

 香淳皇后は皇族久邇宮家の女王、秩父宮妃は会津藩主で京都守護職だった松平容保の孫、高松宮妃は15代将軍徳川慶喜の孫、そして梨本伊都子は佐賀の大大名鍋島侯爵家の娘である。彼女たちにとっては、正田家などはどこやらの「馬の骨」だったのであろう。

 旧「皇室典範」第39条には「皇族の婚家は同族又は勅旨に由り特に認許せられたる華族に限る」との規定があり、皇族は「平民」と結婚することが禁じられていた。秩父宮妃となった松平勢津子の父恒雄(駐英大使など)は容保の息子で華族の生まれだが、分家して「平民」になっていた(華族でも分家すると「平民」になる)。そのため娘の勢津子は秩父宮との結婚に際して、父親の実家を継いでいた叔父の養女になって華族の身分を得るというややこしいことをしている。
 
        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 「皇室典範」が改定され上記の規定がなくなった戦後も、皇族たちは旧華族と結婚するケースが多かった。敗戦から1980年までに結婚した昭和天皇の内親王3人、親王1人、三笠宮家の内親王1人の配偶者の生家はすべて旧華族である。かつての爵位を見ると公爵2、侯爵1、伯爵2といった具合で、華族としてのランクも高い家ばかりだ。
 これから考えても、今上天皇と美智子皇后の結婚がいかに異例だったかがわかる。香淳皇后たちが柳眉をさかだてたのも無理からぬともいえよう。

 しかし、1980年以降に結婚した皇族たちの配偶者は、すべて「平民」である。今上天皇の皇太子徳仁親王、弟の文仁親王、三笠宮家の親王2人、内親王1人の結婚相手は旧皇族でも華族でもない。そして、いまやそれに目くじらをたてる向きもいない。

 皇室にとっても国民にとってもいいことにはちがいないが、だからといって、皇族の配偶者選びがスムーズに進むようになったとはいえないのは事実の示すところであるし、口さがない週刊誌などには、皇后と皇太子妃の仲がうまくいっていないといった類の記事が載る。苦労が絶えないのは皇室も下々の家庭と変わるところがないのである。了 

※知ったかぶり
 美智子皇后の母親の実家は多久の副島家であり、成婚当日は多久市でも提灯行列でお祝いをしたそうです。
 また、検索しましたら、ミラーズドーター(粉屋の娘)がプリンセスにと海外でも話題になり、ご成婚の馬車行列での美智子妃殿下の服装が、オートクチュール(注文服)でなくプレタポルテ(吊るし)であることが、好意的に報道されていたという記述もあります。

 ついでに、「梨本宮伊都子妃日記」の婚約発表(昭和33年11月27日)の全文を掲載します。
「午前十時半、皇太子殿下の妃となる正田美智子の発表。それから一日中、大さわぎ。テレビにラヂオにさわぎ。朝からよい晴にてあたゝかし。もうもう朝から御婚約発表でうめつくし、憤慨したり、なさけなく思ったり、色々。日本ももうだめだと考えた。」

 なお、伊都子(いつこ)という名前は、父親の鍋島直大公爵が駐伊特命全権公使としてイタリアのローマに赴任中に生まれたので、「イタリアの首都の子」という意味で付けたとあります。
 1882年(明治15年)2月2日生まれ、1976年(昭和51年)8月19日94才で没。
 今上天皇ご成婚時は76才 皇族時代は梨本宮妃伊都子、戦後皇籍離脱して梨本伊都子となる。
  
 今朝は、再び3期生の部屋とは何ら関係のない話です。不悪。


[1287] RE:皇后たちの嫁姑問題 Name:大西(旧姓 松永)8組 MAIL Date:2018/01/30(火) 23:50
いつも豊かな話題で楽しませて下さり有難うございます。50周年同窓会も、まだ昨日の事のように鮮明に想い出されます。
当日は大勢の同窓生に大変お世話になっておりましたのに、途中での退席、この場をお借りしてお礼申し上げます。有難うございました。
さて、今日の記事、美智子皇后の成婚について記されていますが、当日多久市多久町で行列に臨んだこと、鮮明に覚えております。 
当時、父が駐在所勤務の警察官であった為、副島家のごく近くに住み、地域も小学校も祝賀ムードに包まれたこと、改めて思い出しました。
話は変わりますが、副担任の件、8組の松本先生については、恐らく同級生は殆どの皆さんの記憶にあるのでは…。 ニックネームが「ゲンブー」だった事も。 ゲンは「現代国語」からきたもので、ブーはご想像にお任せします。

「3期生の部屋とは何ら関係のない話」、大いに結構で感謝です。
楽しみにしておりますファンの為にも、どうぞ末永く宜しくお願い致します。


[1285] クラスに副担任が居た? Name:木村 3組 Date:2018/01/29(月) 08:23 [ 返信 ]
 先日、知的生産階級に属する者が6名、潰しの効かない事務系の小○人上がりが2名、計8人の3期生が集まっての放談会に顔を出しました。

 酒を酌み交わしながら諸々の話題で話が弾み、6時から始めた放談会は大いに盛り上がり、終わったのは3時間後の9時頃でした。ただし、2名の者は高尚な話題についていけず、分かった振りをして話を聞いておりました。

 しかし、この2名の者終了後は俄然元気を出して佐賀ん町に繰り出し、二次会を楽しんだのはいいのですが、張り切り過ぎて、いつ帰還したのか記憶になく、目が醒めたら布団の中。カラオケで美声を披露しても、ウィスキーのがぶ飲みでは凱歌は揚らず、轟沈です。

 ところで、放談会では、クラスには副担任がいたかどうかということが話題になり、居たという者、いや居なかったという者があり、ほとんどが居たとしても名前の記憶はないと言う中、一人だけ副担任の名前を覚えていた者がいました。

 で、ここは暇人の出番であろうと、50年前のアルバムをめくりましたところ、副担任は確かにいました。正副担任はつぎのとおりです。

 1 正 片桐武男、 副 桜井太郎
 2 正 小出芳憲、 副 山口一巳
 3 正 高島 深、 副 志津田一夫
 4 正 小宮陸之、 副 古館龍実
 5 正 重吉円二、 副 山中石梁
 6 正 堤 友子、 副 富永清子
 7 正 内田義男、 副 小池俊光
 8 正 池末孝郎、 副 松本正光
 9 正 久保良治、 副 御厨俊雄
10 正 江頭太助、 副 山口一巳
11 正 山田健吾、 副 志津田一夫
12 正 平川済一郎、副 和久井禎治
13 正 飯盛  敦、副 江崎 保

 当時、副担任が朝のホームルームに、正担任の代わりに出てきたということがあっただろうか。あったとしても、私は全く記憶にありません。
 
 当時の先生は、無遅刻無欠勤だったのでしょうか?
 こんなことを考えていましたら、数年前に埼玉県の県立高校で女性教諭が他の県立高校に入学した子供の入学式に出席するため、勤務高校の入学式を新1年生のクラス担任でありながら欠席したとして、非難を浴びたという事案があったことを思い出しました。

 この件について、地元の埼玉新聞は、
1.教育長は県立高校の校長会で「担任がいないことに気付いた新入生や保護者から心配、不安の声が上がった」と、この事実を報告した上で「生徒が安心して高校生活をスタートできる体制づくりと心配りに努めてほしい」と異例の“注意”を促した。

2.この女性教諭は「入学式という大切な日に担任として皆さんに会うことができないことをおわびします」という文章を事前に作成し、当日、別の教諭が生徒らに配った。

3.新入生の保護者からは「今の教員は教え子より息子の入学式が大切なのか」と困惑しているという声が出た。

4.入学式に来賓として出席した埼玉県議会議員がフェイスブックで「新入学生の思いも考えず私事の都合で簡単に職場を放棄する態度には憤りを感じざるを得ませんでした」とコメントした。
 と報道しています。

 無論、批判に値しないと、擁護する声もあったそうです。

 教師は先生である前に親です。我が子の入学式に出席してどこが悪いのか、そう思います。この先生は、きっと公務員それも教師として、公の前に私を出すということについて、葛藤があったと思います。それでも、我が子の入学式に出席した。この親心を誰が責められるのでしょうか。

 3期生の中には先生の子供もいましたし、教壇に立たれた方が何人もいます。当然、同じようなことに直面された経験をお持ちではないかと思います。

 両親、もしくはどちらかが先生という家庭の子供は、先生の子供故に入学式や学校行事で寂しい思いをしなければならないのか。
 子供の立場で、物事を考えることはできなかったのでしょうか。

 今朝は、半分3期ネタで、半分は私見(暴論?)でした。不悪。
 


[1284] 一杯入魂 Name:木村 3組 Date:2018/01/28(日) 08:03 [ 返信 ]
 新聞記事の無断転載ですので、何かあれば削除します。
 でも、今時こんな人たちがいることに、ホッとさせられます。

◎「食べさせられませんから」通話中に冷めたラーメン 若い店主の行動に客驚き 1/26(金) 西日本新聞

 ふらりと立ち寄った、あるラーメン店。こだわりのスープが売り物とか。まだ若い店主の元気な声が響く。 ラーメンを注文した客の携帯電話が鳴った。込み入った内容らしい。客は話しながら店の外へ。出来上がったラーメンが席に置かれた。客はなかなか戻ってこない

▼しばらくして席に着いた客がラーメンに手を伸ばそうとした。その時、店主はさっとラーメンの器を引いて、湯気の立つ作りたてに取り換えた。驚く客に「お客さんに、冷めたラーメンは食べさせられませんから」

▼「2杯分の料金を」との申し出を固辞した店主。そのTシャツの背中に書かれた文字に目が留まった。「一杯入魂」。野球の「一球入魂」のもじりだろうか。なるほど。この店のラーメンがうまい理由が分かった

▼仕事帰りに乗った、ある路線バス。停留所に止まるたび、運転手が車内アナウンスを繰り返す。「週末の金曜日です。1週間、お疲れさまでした」

▼バスを降りるお年寄りには「寒いですから気を付けて」「自転車にご注意ください」。あえて言えば「一停入魂」か。学生たちが「ありがとうございました」と笑顔で降りていった。外の風は冷たいが、車内は何だかポカポカと

▼ラーメン店主とバス運転手。仕事は違っても、心を込めて最良のサービスを提供しようというプロ意識には通じるものが。料金はいつもと同じなのに、すごく得をした気分にしてくれた。


[1283] 年賀状廃止? Name:木村 3組 Date:2018/01/27(土) 08:37 [ 返信 ]
 添え書きに 一年分の 愛を込め

 この川柳は、佐賀新聞読者文芸川柳の部1月後期の一席の句です。
 作者は、元佐賀北高校校長西牟田勲先生です。
(開校記念日に、北高校歌誕生秘話を話された方です。)

 ところで、年金暮らしの引き籠りおじさんにも、今年も年賀状が届きました。
 最近は年賀状を書くのが億劫になってきましたので、やめようかなと考えています。
 がしかし、年に1度の年賀状のやりとりで、ほとんど会うことのない遠隔地の知人の安否確認ができますので、続けた方が良いのかなとも思っています。

 ただ、この5年ぐらい前から、主に私よりも年配の方からですが、
 「ご無沙汰しておりますが、如何お過ごしでしょうか。誠に申し訳ございませんが、以後の年賀状は
  失礼させて頂きたいと存じます。永い間のご交誼に心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。」といった内容の年賀状が届くようになりました。
 
 今年は昭和24年生まれが古希を迎えますので、これを一つの機会として、やめてもいいかなと考えています。

 どうでもいい取るに足らない小さな悩みですが、時間は皆さんに差し上げるくらいありますので、年末のその時期までにじっくりと考えます。

 本日も、北高とも3期とも無縁の世界でした。不悪。


[1282] 佐賀空港をご利用ください Name:木村 3組 Date:2018/01/26(金) 09:54 [ 返信 ]
 佐賀空港の年間乗降客数が、20年前の開港時の需要予測数73万7千人を超えるという報道発表があり、これを受けて、佐賀新聞の有明抄に次のような記載がなされました。
 なお、有明抄というのは有明海の有明ではなく、新聞の役割として、世の中の明日を明けるということから付けられたものだそうです。新聞は社会の木鐸と言いますので、さもありなんというところでしょうか。
 みなさん、どうぞ、佐賀空港をご利用ください。
 ANAの元社員の方は無論のこと、JALの株主の方も。

◎佐賀空港の飛躍 2018.1.20 佐賀新聞「有明抄」より
 
 「一度、航空機が飛んできたら、未来永ごう飛んでくると思ったら大間違い」。20年前の佐賀空港開港前、当時の運輸省航空局長に担当記者としてインタビューした。その時の言葉が、今も頭にこびりついている。

 路線と便数の設定は需要にまかせ自由に―。「航空ビッグバン」といわれた国の規制緩和が始まった頃で、船出した佐賀空港は、小舟のように荒波にもまれた。開港まもなく、東京―福岡線に格安運賃のスカイマークが就航。あおりで東京―佐賀便の搭乗率が急降下。名古屋、大阪便も運休に。

 航空局長が指摘した通りになった。でも、局長はこうも言った。「需要開拓を地道にやればいい。熱心さが大事」―。そんな佐賀空港の本年度の利用者数が、開港前の需要予測の73万7千人に達する見通しだという。この報に胸が熱くなる。「佐賀に空港なんて必要ない」。そんな声も聞こえ、予測の数字の達成も正直なところ半信半疑だった。

 増便や格安航空会社(LCC)の就航が奏功したが、有明海沿岸道路などのアクセスが整ったのが大きい。加えて福岡県南西部へのセールスをコツコツやってきた県職員の努力も。この結果には汗の重みを感じるのである。

 「九州佐賀国際空港」、その名のごとく県民の、そして世界中の人々へ向けて、開かれた扉の未来図を思い描きたくなる。了

※冒頭の「一度、航空機が飛んできたら、未来永ごう飛んでくると思ったら大間違い」というのは、当時の空港の発着枠の配分には政策枠と自由枠というのがあって、政策枠は運輸省が航空会社に発着枠を配分する際、この内の何便かは〇〇空港に飛ばしなさいと指定するもので、自由枠は配分枠の中から航空会社が収益の高い幹線路に自由に飛ばすというものでした。

 当初の東京便及び大阪便は政策枠と自由枠、名古屋便は自由枠で、客が付かなければ自由枠はいつでも廃止するという自由度が航空会社に担保されていたので、後に客がつかなかった名古屋便や大阪便の自由枠は廃止され、大阪便の政策枠は羽田枠に置き換えられました。(今は制度が変わっています。)

 開港前に、航空三社(ANA、JAL、JAS)に佐賀空港への就航を要請する際、需要予測数を73万7千人と説明していましたが、分母となったのは、佐賀空港から半径約30km以内圏域の市町村11市37町の圏域人口約130万人で、これを基に、搭乗見込み数を少々複雑な数式で算出したものが73万7千人でした。
 ただ、今回達成するという数字は、大阪便も名古屋便も廃止された中での数字ですので、質的には違うもののような気がします。

 本日も、北高とも3期生とも縁もゆかりもない話でした。不悪。


[1281] 佐賀には浄土真宗が多い? Name:木村 3組 Date:2018/01/25(木) 09:17 [ 返信 ]
 昨日、知人のご家族の葬儀に参列してきました。
 葬儀の御導師は、佐賀に多いと言われる浄土真宗本願寺派のお寺の住職で、お経を聴きながら、確かに佐賀には真宗は多いなと思い、これは暇人が調べねばなるまいと、佐賀のお寺のことを書いた本(佐賀百寺)に記載されている1000有余の佐賀県内の主な仏教寺院の宗派を数え上げたところ、その結果は次のとおりでした。
 1 浄土真宗 288 本願寺派(ほとんどお西さん)、大谷派
 2 曹洞宗  244 
 3 臨済宗  150  南禅寺派、東福寺派
 4 真言宗  118  高野山派他12派
 5 浄土宗   90
 6 日蓮宗   77
 7 天台宗   44
 8 黄檗宗   24
 その他 真言律宗、華厳宗等々
 
 佐賀に浄土真宗が多い理由として、我らが恩師片桐武男先生は、その著書「精町から佐賀の乱を読む」の中で、次のような見解を示されています。
 
 鍋島藩は曹洞宗とともに真宗西本願寺派を手厚く遇したため現在県下の真宗は圧倒的に西が多数派。
 なぜ鍋島藩は西本願寺派を保護したのであろうか。
 四百年昔の関ヶ原の戦いまで話はさかのぼる。
 石田三成の西軍に仕方なく参加した鍋島藩は家康の厳しい詮議にさらされた。初代藩主勝茂は死は免れないと覚悟を決めた。せめて妻子を助けたいと西本願寺に預けた。そのときの恩義に報いて西本願寺派を大事にした。

 また次のような見解も示されています。

 当時家康を精神的に支えていた高僧の一人に佐賀県小城町晴気出身の元佶がいた。彼の働きで鍋島は安泰が保証された。鍋島直茂、勝茂父子は喜んで小城町池上門前に三岳寺を建立、開山として元佶を迎えた。

※三岳寺は小城市小城町池上3670番地に、臨済宗南禅寺派のお寺として現存しています。

 今日も、北高や三期生とは無縁の話でした。不悪。


[1280] 誤植の面白さ、恐ろしさ。 Name:木村 3組 Date:2018/01/21(日) 11:30 [ 返信 ]
 古い話で恐縮ですが、削除されないための実績作りを目的とした書き込みです。不悪。

「言葉の常備薬」 呉智英著 平成7年6月20日 第1刷発行 双葉文庫 より

◎秋の美、牝の美
 八木重吉という詩人がいる。1927年(昭和2年)に29歳の若さで病没した。生前は無名だったが、死後評価されるようになり、今も熱心な読者に支持されている。英語の教員をしながら作った3千篇ほどの詩はいずれも短いものだが、キリスト教の真摯な信仰に裏打ちされ、純粋で率直で暖かく、信徒ではない読者の心にもしみ込んでくるようだ。詩集もいくつか出ている。
 私は、30年以上前の学生時代、何かの雑誌で八木重吉の詩をいくつか読み、その温順な誠実さが印象に残った。
 ところが、八木重吉は一遍だけ異様に官能的な詩を書いている。こみ上げてくる激情が生々しく脈打つような詩である。その詩を、私は1982年10月26日の朝日新聞の宗教欄で知った。

    『素朴な琴』

   この明るさの中へ
   ひとつの素朴な琴をおけば
   牝の美しさに堪へかねて
   琴はしづかに鳴りいだすだらう

 濃厚な香りを放つ南国の花のように、妖艶で肉感的な詩だ。たった4行でこれだけの表現ができるのも、八木重吉ならではだろう。他には淳朴な詩ばかり書いているからこそ、かえって激しい心の動きが際立ってくるのかもしれない。

 この「素朴な琴」を紹介しているのは、詩人で作家でもある栗田勇である。栗田はこう書いている。
 「人生は出会いだという。なにも人に会うだけが出会いではない。胸のそこの底に、重しをつけた細い糸をそっと垂らしてゆくと、ある日、かちりと、たしかな手応えで心に響くものがある」
 そうだ、私も全く偶然に、八木重吉のこんな詩に出会った。そして、八木自身、自分の胸の奥底に激しい欲望がたぎるのに出会ったのである。
 私は、八木重吉の詩を紹介したこの栗田勇の小エッセイを切り抜いて、机の前に貼った。

 その1週間後の11月2日、朝日新聞に訂正記事が出た。「10月26日付本欄『こころの書から』の『八木重吉全集』の文中に『牝の美しきに堪へかねて』とあるのは『秋の美しさに堪へかねて』の誤りでした。訂正します」
 ちょっとちょっと。そりゃ、ないでしょ。
「秋の美しさに堪へかねて」なら、誰がどう見ても八木重吉じゃないか。事実そうなのだから、それでいいんだけれど、私は、八木重吉とは思えない意外な官能美に驚嘆していたのだ。私の驚嘆は、どうしてくれるんだよ。
 私は、机の前の切り抜きをはがし、訂正記事とともに、スクラップブックに貼り付けた。
 それにしても驚いた誤植である。今ならワープロを使う人が多いから、こんなまちがいも起きにくい。しかし、手書きだと「秋」を崩して書けば「牝」に見誤まられなくはない。ごていねいに「めす」とふり仮名までしてある。読んだ人は誰でも「牝」だと思い、八木重吉の熱烈なファンは冒瀆だと怒り、何篇か読んでいる程度の私のような読者は逆に驚嘆したのだ。

 この誤植は、どうやら、私以外の多くの人の脳裏に刻み込まれたようだ。ただし、脳裏に刻み込んだだけで、スクラップブックに切り抜きを貼り付けるまでする人はほとんどいなかったらしい。

 それから6年がたった1988年、私は本屋で塩田丸男のエッセイ集『天下のヤジウマ』を見つけ、手に取ってパラパラと読んでみた。立ち読みである。特に塩田に注目していたわけではないが、何か直感が働いたのか、あるいは栗田の言う「人生は出会い」なのか、とにかくページをめくった。

 すると、そこに「牝の美しさ」事件に触れた文章があるではないか。ところが、その文章は記憶に頼って書いているから不正確で、読売新聞の誤植だとしてある。こりゃ、一文を呈せねばならん、と、出版社経由で塩田丸男センセイへ手紙を出した。数日後、塩田センセイから葉書が来た。「いやぁ、まちがいがまちがいを呼ぶとは愉快愉快」といったようなことが書いてある。私も愉快になって、その葉書をスクラップブックの件の記事の隣に貼り付けた。おそらく、この誤植は他にも記憶している人は多いのではなかろうか。了 


[1278] ひとりだけの卒園児 Name:木村 3組 Date:2018/01/19(金) 11:46 [ 返信 ]
 削除にならないようにとの思いを込めて。

「心に残るとっておきの話」第2集より

◎ひとりだけの卒園児 
「恵理ちゃん、まだかしら」
 様子が分からないので、やきもきした気持ちで、私は職員室の時計を見つめていた。
 3時を少しすぎている。
「服部さんいらっしゃったわよ」
 同僚の声に慌てて、振り返る。ガラス越しにお母さんと妹、恵理ちゃんの3人の姿が見えた。
 私は外へ飛び出した。
「どうでしたか」
「はい。たいしたことはありません。追突の拍子に、子供たちは頭を打ちましたが、お医者さまに診ていただき、大丈夫だと言われました」
「そう。たいしたことなくて、よろしかったですね」
 私は、ほっとして大きく息を吸い込んだ。

 きょうは卒園式だった。午前中に終了した。
 普通なら保母たちが1年のうちで、最もゆったりとした気分になれる、唯一の午後であるはずだ。
 しかし、きょうは違う。卒園式が始まる5分前のことだった。今か今かと、待ち構えているその時に、園長より、恵理ちゃんが交通事故で来れないという連絡をもらった。
 私は、気が気でない思いでなんとか卒園式を済ませた。
「恵理ちゃん、だいじょうぶかしら」
 式の時もずっと恵理ちゃんのことを思い続けてていた。
 こんなことは、20数年保母をしてきて、初めての体験だ。

 お昼過ぎに電話が入り、だいじょうぶだから午後、卒園証書を取りに来園すると言う。
 今、いつもと変わらない恵理ちゃんを目の前にして、やっと少し安心した。
「恵理ちゃん、卒園証書を渡すから、ホールへいらっしゃいね」
「うん」
 私は、職員室で渡さないで、わざわざホールへ行こうと誘った。
 事情を察した他の保母達も、ホールへ一緒に来てくださった。
 もちろん、先生達の服装は、朝のように式服ではなく、トレーナーとジャージのズボンである。
 しかし、ホールは午前中、卒園式を済ませたままである。56の卒園児の小さな椅子も、整然と並べられている。舞台中央の花瓶も、桜の花びらをかたどったピンクの色画用紙に書かれた「おめでとう」の文字もまったくそのままである。

 さあ、今からたったひとりだけの卒園式の始まりだ。
 入場の曲も、朝と同じ「野に咲く花のように」のカセット曲が、流れる。
 ひとりだけの卒園児、恵理ちゃんは、少しだけ緊張した顔で、ホールの入口から歩いてくる。真紅のカーネーションを舞台の端で受け取ると、中央の花瓶にさした。それから、自分の椅子に座った。園長は、所用で不在であった。私は、ホール中央の園長の席に立った。主任のK先生が、司会進行をしてくださる。

「卒園証授与。服部理恵」
「はい」
 恵理ちゃんは大きい声で返事をすると立ちあがり、中央まで進んだ。
 私は、園長先生の代理で、卒園証書を読み上げる。
「服部理恵。当園で、2年間保育したことを証する」
 恵理ちゃんは、卒園証書をしっかりと受け取ると、再び、自分の席に戻った。

 さあ、今度は、歌だ。先生達の出番である。M先生はピアノに向かわれた。
 その場にいた8人の保母と恵理ちゃんは、声を揃えて歌った。

♪ 冬の花、見つけた。ふきのとう見つけた
  寒い雪の下で、じっと我慢してた ♪

 花の歌はホールいっぱいに流れていく。
 保護者席のお母さんと妹は、こちらをみつめておられる。
 お母さんは、ハンカチを取り出されると、そっと、涙をぬぐわれた。

 恵理ちゃんは、さっそく明日、引っ越しをして、1年生は、地元の小学校には通わない。
 私は、花の歌を歌いながら、祈るように思う。新しい所でもお友達がいっぱいできて、ランドセルを背に、駆けていく恵理ちゃんの姿を心に描いた。了

 「野に咲く花のように」を、ダ・カーポではなく、「 タンポポ児童合唱団 」でどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=Iho_fS-7vLo 


[1279] RE:ひとりだけの卒園児 Name:木村 3組 Date:2018/01/20(土) 10:10
 この部屋を訪問されている方から、次のような主旨のメールが来ました。

 ここ数日書き込みがないので、風邪かインフルエンザかと心配していたが、元気で何より。
 「ひとりだけの卒園児」、自分も孫がいるので少し涙腺が緩んだ。
 自分では書き込みをしないけど、「3期生の部屋」の隠れファンの為、頑張って書き込みをして欲しい。
 というものでした。

 こういうメールが来ると、20名前後の訪問者のためにも、駄文ではあっても何か書かねばと思っているところです。
 以前、この3期生の部屋に色々と書き込んでいた方にお願いします。何か、書き込んでください。



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