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3期生の部屋

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[1387] 入学式 Name:木村 3組 Date:2018/04/11(水) 11:04 [ 返信 ]
 北高の入学式が昨日4/10に行われ、274人が希望に胸を膨らませて入学しました。

 その新入生を迎えるため、7教室全ての前と後の黒板に、41人の美術部の生徒が10色のチョークで描いた「黒板アート」が用意されていたそうです。

 詳しくは、佐賀新聞のホームページをご覧ください。
 新聞に記載されているホームページのURLは、  
 http://www.saga-s.co.jp/です。
 ここから入って、まちの話題をクリックしてください。


 今朝の音楽です。
 フランク・ミルズで「愛のオルゴール(潮騒のメロディー)」をどうぞ

 https://www.youtube.com/watch?v=8BIrSYL11e0


[1386] 蛇の目 Name:木村 3組 Date:2018/04/10(火) 08:27 [ 返信 ]
 おはようございます。

 ここ数日の間に、温泉に浸かって美味しい料理と酒を堪能された方はいませんか。
 今朝は、利き酒に使う猪口のうんちくです。
 新潟の地酒かじやのHPからの転載です。

◎蛇の目

 お猪口の定番!蛇の目お猪口の本当の使い方とは?

 日本酒を飲むときの酒器には様々な容器がありますが、よく見るのは白い磁器で、中の底に青い丸が描かれたものですよね。
 これを通称「蛇の目」と呼び、そこに描かれた二つの丸がまるで蛇の目のように見えるから…とか。
 今回はこの蛇の目お猪口にクローズアップしてみます。

・蛇の目の模様は何のため?

 蛇の目お猪口には様々なサイズがございますが、本職の蔵人が使用するのは一合(180ml)入る「本きき猪口」を使用します。これについてはまた後ほど解説しますが、通常皆さんがお持ちのサイズは三勺(約54ml)や五勺(約90ml)のサイズかと思います。
 ただ、サイズが違っても、デザインはほぼ同じ二重の青(藍)色の丸が描かれたものです。
 デザインとしては和の雰囲気があるような気もしますが…
 さて、なぜ青い丸が描かれているのでしょうか?
 青い丸は透明度や着色の様子を見るため
 ズバリ!上の中見出しのタイトルのとおりですが、日本酒の透明度や着色の様子を確認するために、この青い丸が描かれているのです。
 でも、なぜ青い色?…と思いませんか?

 それは、色相に関係していると私は思っております。
 色の専門家ではないので、詳しくここでは説明しませんが、上記の円を「色相環」と言うそうで、反対側にある色同士を「補色」の関係にあると言うそうです。補色の色同士はそれぞれの色を引き立てる効果があり、デザインや写真などの分野では当たり前のことのようです(専門家では無いので、これ以上は分かりません)
この図を踏まえていくと、青色の反対側は、黄色ですよね。

 つまり、蛇の目の青い色は、黄色を引き立たせるためにあると考えられます。

・日本酒に話を戻します。

 日本酒の色は透明であるイメージが強いですが、実はやや黄みがかった色であります。特に純米酒などは、山吹色とも呼ばれる黄色が比較的強めに出る傾向かあります。
 つまりは、この黄色を目立たせるために、白と青のそれぞれの色を用いて、日本酒の透明度や色の付き方など、確認(検査)するために、この青色の蛇の目は存在するということです。
 きき酒は、舌の感覚だけではなく、視覚も重要であるということが分かりますね。

・蛇の目お猪口のまとめ

 日本酒は熟成が進むと、どのタイプの日本酒も黄色が強くなる傾向があり、黄みがかった透明な色、イコール劣化しているのでは?との先入観を持ってしまいがちですが、先に説明したとおり、純米酒などは黄色が強くでる傾向がありますので、黄色=劣化とすぐに結びつけるのは間違いです。
 日本酒の鑑定を行う人や、杜氏をはじめとした蔵人がきき酒を行う際は、この色による先入観を排除する目的で、アンバーグラスと呼ばれる黄色系のグラスにお酒を注いで、味や香りで判断する方法も用いられるようです。
 さらに昔は、きき猪口の中を黄色に塗った専用の猪口もあったそうで、色のインパクトは強く、それだけで判断をしないようにしていたのですね。
 
 そして今では青い二重丸の蛇の目お猪口ではなく、ニコちゃんマークのようなスマイルデザインのお猪口も存在します。

※この蛇の目、そもそもはへび(蛇)の目からきていることは、字から見ても分かります。小さい頃、蛇の目の傘を差していませんでしたか。

 今朝の音楽は
 レーモン・ルフェーブルで「二人の天使」をどうぞ
 https://www.youtube.com/watch?v=KyMvjshQCyA

 ついでに、童謡「あめふり」もどうぞ
 https://www.youtube.com/watch?v=ewAxDvVae38


[1385] 健康が一番 Name:木村 3組 Date:2018/04/09(月) 08:44 [ 返信 ]
 おはようございます。

 今朝は健康の話です。
 過日、私は緑内障を患っていると書き込みましたが、発症しているのが分かったのは、平成19年1月、職場の人間ドックでの眼圧検査でした。
 
 眼圧が左右とも21を超えていたため、要精密検査と診断され眼科で受診したところ、緑内障と診断されました。

 以来、月一の定期健診と毎朝夕の薬の点眼で、今日まで何とか進行せずにきております。無論、視野検査、視神経検査なども定期的に受けております。

 私の場合、前年までの人間ドックでは異常は見つからなかったことから、発症から時間をおかずに判明したので、早期に治療することが出来、今に至っているのではないかと思います。

 緑内障については、4/4の読売オンラインに詳しく載っておりますので、検索してみてください。検索は「読売新聞 気付けば失明寸前」で行ってみてください。
 
 古希を迎えた私たちの年代は、体のあちこちで経年劣化が生じています。それでも元気に長生きが一番だと思います。
 緑内障に限らず、健康管理には十分留意しましょう。

 今朝の音楽です。
 ポール・モーリアで「オリーブの首飾り」をどうぞ (マジックのBGM?ではありません。)
 https://www.youtube.com/watch?v=wDxDSLRLY0c


[1384] 春を告げる魚 Name:木村 3組 Date:2018/04/08(日) 07:54 [ 返信 ]
 おはようございます。 

 昨日、春を告げる魚として、「しろうお」の踊り食いの場面が放映されていました。
 私は、「しろうお」と「しらうお」は、同じものだとずっと思いこんでいましたが、昨日の放送では違うようなことを言っていましたので、ちょっとネットで遊んでみましたところ、全然違うものでした。赤面の至りです。

 以下は、フジテレビが運営するサイトからの転載です。

 「しらうお」と「しろうお」の違いって知ってる?知っておくと鼻が高い大人の豆知識

 漢字で書くと「白魚」ですが、「しらうお」と「しろうお」読み方はどっちだと思いますか?実はこの二つには明確な違いがあるんです。お寿司屋さんや料理屋さんに行ったとき、知っていると思わず「おおっ!」と思われる大人の豆知識をご紹介します。

 漢字では「白魚」と「素魚」だった!

 一般的に「しらうお」と呼ばれるほうの漢字は「白魚」と書きますが、「しろうお」は「素魚」と書きます。福岡での「白魚の踊り食い」は、あまりにも有名ですよね。でも、正確に言うと、あれは「しろうお(素魚)」なんです。全体が白く半透明で、ふくよかで少し大き目なのが「しらうお(白魚)」です。キュウリウオ目(旧サケ目)シラウオ科の小魚で、青森を中心に、北海道、秋田、茨城など、東日本を中心に漁獲されています。

 対して、「しろうお(素魚)」は透き通った身体で、茶色っぽい骨を目で確認することができます。スズキ目ハゼ科の魚で、北海道南部から九州南部まで幅広く生息、漁獲されています。どちらも一般的に食べられているしらうお(および、しろうお)は成長後の大きさであり、稚魚ではありません。名前だけでなく、見た目から、食べ方、料理方法も似ているので、どちらも間違えられやすい魚なんです。

 日本では高級食材の「しらうお」の食べ方は?

 しらうお(白魚)は、水揚げして空気に触れるとほとんどが死んでしまうという繊細な魚です。そのため、しろうお(素魚)のように活魚としてはあまり食べる機会はありません。一般的に、しらうおの活魚を食べられる機会は少ないため、日本食としては高級魚の一つとして挙げられます。市場に並ぶしらうおは、卵とじやお吸い物にしたり、天ぷらや炊き込みご飯にして食べることが多いですが、長期保存ができる煮干しや佃煮として食べられることもあります。

 江戸前寿司では、コハダやアナゴと並ぶ「最古参のネタ」として昔から親しまれている魚でもあります。わさび醤油や生姜醤油だけでなく、酢味噌と合えても美味しいですね。

 しらうおの旬と、ちょっと知りたい豆知識

 しらうお(白魚)の旬は2〜4月の春です。島根県にある宍道湖では11月に解禁されていますが、3月にピークを迎えます。「しらうおは海で水揚げされるんじゃないの?」と思われている人も多いと思います。実は、これまでは鮭のように、海で成長し、産卵のために淡水と海水が入り混じる「汽水域」に集まって産卵すると考えられていました。

 しかし、2016年には、汽水域で一生を過ごしているという説が浮かび上がってきているのです。まだまだその生態に謎が多く、今なお研究が進められていますが、食材としては昔から親しまれています。しろうおの別名として「トノサマウオ」と呼ばれることもあります。これは野良仕事をしない殿様の綺麗な手指になぞらえて、しらうおを「トノサマウオ」と呼ぶようになったという説があります。そこから、細くて白く、美しい指を「シラウオのような指」と形容するようになったのかもしれませんね。
 福岡では、「しろうお(素魚)の踊り食い」が有名ですが、青森でもイベントで「しらうお(白魚)の踊り食い」で町おこしをした例があります。しろうおに比べると少し大きめなので、呑みこむのが大変そうですが、ちょっと気になりますね!

 ※唐津の玉島川でも取れます。グルナビには、産卵期を迎えると、唐津湾から満潮に乗って玉島川を溯上。主に「やな掛け」という方法で捕獲される。新鮮な白魚(※正確には素魚)はやはり“おどり食い”で食べたい。飲み込むのはちょっとコツがいるが、つるんとしたのど越しと、シャリっとした歯応えが楽しめ、ほのかな甘みと滋味が口いっぱいに広がる。と紹介されています。
 また、福岡の室見川でも同様に「やな掛け」で捕獲し、踊り食いが楽しめると紹介されています。

 今朝は、フランク・チャックスフィールドで「引き潮」をどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=PR9nku5eo6I


[1383] 一筆啓上 Name:木村 3組 Date:2018/04/07(土) 08:18 [ 返信 ]
 おはようございます。

 ちょっとした調べ物をしていて、偶然見つけたものです。
 私は駄文にして長文ですが、簡潔明瞭な文章はいいいですね。
 
 ◎「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」

 これは、徳川家康の家臣であった本多作左衛門重次が、戦場から妻に送った手紙文として知られ、簡潔にして要を得たこの文は、手紙文の手本として今日でもよく紹介されています。

 この手紙を解読しますと、この時代は、今日のように消防組織や消防ポンプ車などが整備されている時代と異なり、必要以上と思われるほど、火の取扱いについて注意を払っていることが分かります。

 お仙とは、重次の長男仙千代のことで、重次が40歳を過ぎたときに生まれた大事な跡取りのため、大変気にかけていました。

 また馬は、戦には欠かせないもので、時には人の命より大事にしていました。以上のことからして、夫の留守を気遣った手紙と思われます。(以上は東京消防庁HPからの転載です。)

 なお、福井県丸岡市では平成5年から「日本一短い手紙コンクール・一筆啓上賞」を実施していて、その作品は、「一筆啓上 日本一短い手紙の館(福井県坂井市丸岡町霞町3丁目10番地1)」に常設展示されているそうです。

 今朝の音楽です。

 マント・バーニーで「Smoke Gets in your Eyes」をどうぞ。煙と消防、関係ありますかね。

 https://www.youtube.com/watch?v=v13uDrFEniY


[1382] 変わりました。 Name:木村 3組 Date:2018/04/06(金) 08:48 [ 返信 ]
 おはようございます。

 今日から、義務制、県立問わず新学期が始まります。
 その義務制の学校ですが、今回から、先生の異動に伴う離任式は年度内に行うことになり、その名も辞任式として今年は3/30に行われ、春休み中でしたが児童生徒は登校して、先生との別れの儀式に参加したそうです。

 このために今年から異動内示を少し早くしたようですが、日程的に終業式で辞任式を行えなかったため、3/30の辞任式となったようです。
(平成31年度の異動内示は、終業式で辞任式が出来るように配慮されると聞きました。)

 ですから、今日の始業式では異動した先生は新任校の赴任式に臨み、以前のように旧任校での退任式は行われないようになりました。

 他方、県立高校の佐賀北高校ですが、今日4/6は、大掃除、退任式、始業式、HR活動(2,3年担任指導)身体測定(2,3年)などが行われ、4/9には新任式 写真撮影・HR活動・学年集会(2,3年) 1年クラス発表などが行われ、そして4/10が入学式です。
 
 今から53年前の昭和40年4月10日に行われた3期生の入学式は、みなさんどんな気持ちでしたか。

 今朝の音楽です。
 「恋はみず色」 ポール・モーリア オーケストラでどうぞ
https://www.youtube.com/watch?v=qEUJBQ1uI4M


[1381] 「さがレトロ館」と「野村昭嘉展」 Name:木村 3組 Date:2018/04/05(木) 09:22 [ 返信 ]
 おはようございます。

 ネタ切れになりましたので、以前、別の場所に書き込んだものを転載して、当座のしのぎとします。
 古い話です。不悪。

◎「さがレトロ館」と「野村昭嘉展」 2012.2.10
 知人から、夜に佐賀の街を彷徨するだけでなく、昼間の佐賀の街も楽しめとご指摘を賜りましたので、昨日、久しぶりに昼間の佐賀の街を散策しました。

 先ず、一度も行ったことのなかった城内のNHKの前にある「さがレトロ館」を覗いてみました。
 レトロ館は、明治20年に 警察部庁舎として建てられたものを、昭和11年に現在地へ移設し、佐賀県蚕糸取締所、佐賀地方経済調査庁、視聴覚ライブラリーなどとして活用されてきた建物です。

 その後、平成21年に「さがレトロ館」として再利用されているもので、この建物自体に入るのは、古くてカビの匂いのした旧県視聴覚ライブラリーがあった頃ですから、何十年ぶりのことでした。

 改装された建物が、当時のものとどこがどう違うのかよくわかりませんでした。
 でも、材木の切込みや建具、間取りの様子などからは、当時のまま改装したのではと思わせる雰囲気でした。

 ただ、レトロという言葉のイメージとは少し違和感があって、使っている木材や椅子・テーブルはレトロ感が薄く、物足りなさを覚えました。
 来館者は、レトロ館に相応しく、私と同じようなレトロな人が大多数でした。
 若者はあまり来ないのかな。

※レトロな洋館のスローフードレストラン。(2018.3現在の情報)
 佐賀県産の食材をふんだんに使った洋風創作料理が味わえる。
 所在地:840−0041佐賀市城内2−8−8
 営業時間:【昼】11:30〜15:00【夜】17:30〜22:00
 営業期間:通年
 定休日:月曜(祝日の場合、翌日)
 駐車場:大型6台 普通車40台
 料金:レトロ館特製シシリアンライス 1,300円 ハンバーグステーキ 1,500円
 TEL:0952−97−9300
 FAX:0952−97−9301
 URL:http://www.saga−retro.com

 次に美術館で開催中の「野村昭嘉展」を覗きました。

 野村昭嘉氏は、昭和39年12月14日諸富町で生まれ、諸富北小、諸富中学、佐賀北高を卒業し、東京の専門学校で絵を習い、その後も東京で画家としての活動をしていたのですが、平成3年3月16日、自宅アパートにいた時、付近の工事現場で稼働していたクレーン車が倒れ、その下敷きとなって26歳でなくなった夭折の画家です。

 絵画を見る目というものを全くと言っていいほど持っていない私には、野村氏の絵がどんなに素晴らしいものであるかということを表現することはできませんが、美術館で手に入れた1枚のパンフレットに野村氏の作品は、「太古の遺跡の壁画を思わせるような乾いた絵肌と、そこに浮かぶ生物と機械が融合したような不思議な物体に代表される」とあります。

 また、平成5年9月に発行された野村昭嘉作品集の帯封には、「野村昭嘉さんの絵をみて、かたちや色合いよりもなにか『空気』というものを感じた。彼のもっとも傍に優しく座っていたものか、はるか遠くの空の彼方に、彼のはくぐむ思いとして横たわっていたのかは、もうどうでもいい。絵筆からスライドした模型の感情こそが、彼の神の真実の絵だったといえる。」とあります。 

 アクリル画30点が今月19日まで展示されていますので、一度観賞されたら如何でしょうか。
(※当然ですが、当時の話ですので今はやっていません。)

 実は、平成5年9月22日に「野村昭嘉遺作展」が美術館で開催されました。後援団体に北楠会も一員として加わっていましたので、私も出席しましたが、出席された方誰もが一様に野村氏の才能を惜しまれていたのを今でも覚えています。

 ※野村氏がご健在なら今年で54才、油の乗り切った画家になられたことと思います。
 
 今朝の音楽です。
 「愛の讃歌」 越路吹雪ではなく、エディット・ピアフでどうぞ。

 https://www.youtube.com/watch?v=aPcHqDlROb4


[1380] 岡田三郎助 Name:木村 3組 Date:2018/04/04(水) 07:12 [ 返信 ]
 おはようございます。

 岡田三郎助が明治41(1908)年から昭和14(1939)年まで、制作に打ち込んだ渋谷区恵比寿にあったアトリエが佐賀に移築再建され、4/1に一般公開されました。

 合わせて、「岡田三郎助と女性画家たち」と題した特別展が、5/20まで開催されています。(常設展は無料ですが、特別展なので有料です。)

 詳しくは、次のアドレスにどうぞ。
 http://www.saga-s.co.jp/articles/-/199620

 なお、4/2の佐賀新聞 「有明抄」で、(賢)さんが岡田三郎助のことを書いておられます。
 http://www.saga-s.co.jp/articles/-/199803

 今朝の音楽は「マドンナの宝石」で、演奏はロンドン交響楽団です。
 https://www.youtube.com/watch?v=F7Jrs6i5dJc 


[1379] 北高ではなく、北高の隣の学校の話です Name:木村 3組 Date:2018/04/03(火) 07:02 [ 返信 ]
 おはようございます。

 今から50年前の私達が在校中、県立盲学校は佐賀工業から見て、北西にあたる天祐寺川右岸にありましたが、昭和54年に北高の直ぐ東側に移転しております。

 その盲学校で鍼灸の実技を教えていた方が、2015年1月、55才で早期退職して、「夕日坂」という曲で歌手デビューされました。

 草野洋二と言う方で、3/28の佐賀新聞にその草野さんが、定年退職後63才で緑内障を患い、左目の視力を失いながらも、奥さんに励まされ盲学校で鍼灸師の資格取得を目指している元警察官夫婦を応援する歌を作って、プレゼントしたと載っていました。

 10年以上前に同じ病気が発症し、医者から薬で進行を抑えるしかないと言われた私には、他人事(ひとごと)とは思えません。

 新聞記事はこちらから
 http://www.saga-s.co.jp/articles/-/197961

 「夕日坂」は、こちらからどうぞ。
 素敵な歌声ですよ。
 https://www.youtube.com/watch?v=U8lhMV7HFpw  

 話の脈絡は全くありませんが、昨日、学校の先生をしていた知人(同期ではありません)から、次のような話を聞きました。
 定年後は、教養、教育ではなく、
 「今日、用事があるか(今日用・きょうよう)」
 「今日、行くところがあるか(今日行・きょういく)」が大事になる。
 多分、誰かの受け売りだと思うのですが、「10年前に教えろよ」と、言っておきました。


[1377] 春爛漫 Name:木村 3組 Date:2018/04/02(月) 09:59 [ 返信 ]
 昨日、あまりの陽気の良さに誘われて、国の天然記念物「えひめあやめ」が自生している佐賀市の北部久保泉町を訪ね、その帰り、弘学館の側にあります金立公園に立ち寄りましたら、「花桃」の並木?があって、ピンクの花のオンパレードでした。
 弘学館は、九州最大手のゼネコン松尾建設が、創業100年を記念して、昭和62年に開校した県内トップの私学です。




[1378] RE:春爛漫 Name:木村 3組 Date:2018/04/02(月) 10:08
 金立公園の花桃です。



[1376] 高校野球 Name:木村 3組 Date:2018/04/02(月) 08:00 [ 返信 ]
 おはようございます。

 今朝は、野球ネタです。「たかが野球されど野球」の気持ちです。
 センバツ高校野球は、昨日から準々決勝が行われていますが、昨日の試合は、大味な内容で見ていて面白味がありませんでした。
 でも、俗に高校野球は、準々決勝が一番面白い、それも8−7のスコアだとなお面白いと言われています。

 ところで、今年の大会には伊万里高校が21世紀枠で出場し、優勝候補筆頭の大阪桐蔭に大敗しましたことは、ご承知のことと思います。
 横綱と十両ぐらい力の差のあるチームの戦いで、試合になりませんでしたが、選手たちはいい経験をしたと思います。

 その伊万里高校の捕手は、サングラスをしていましたが、そのことについて、朝日新聞が記事を載せていました。

 記事はこちらからどうぞ。
 http://www.asahi.com/koshien/articles/ASL3S5RZJL3STTHB006.html?ref=yahoo

 今朝の音楽は、「若い力(国民体育大会歌)」です。 
 1昨年国体が開催された岩手県の県立不来方高校の生徒による合唱です。
 本来は国体の開会式で演奏され歌われるものですが、他の全国大会の開会式や学校の運動会でも演奏され、歌われますので、ご存知の方もおられると思います。
 全国大会のグランドに立ってこの曲を聴きますと、感動で鳥肌が立ち、武者震いしたものでした。

 https://www.youtube.com/watch?v=q4NNSlNzB0E

 演奏だけでしたら、こちらからどうぞ。
 
 https://www.youtube.com/watch?v=owln8XNHqIU


[1375] 4月1日 Name:木村 3組 Date:2018/04/01(日) 08:25 [ 返信 ]
 おはようございます。 

 1/26に「佐賀新聞の有明抄というのは有明海の有明ではなく、新聞の役割として、世の中の明日を明けるということから付けられたものだそうです。新聞は社会の木鐸と言いますので、さもありなんというところでしょうか。」と書き込みましたが、これを教えてくれたのが(賢)さんでした。その(賢)さんが、昨日書き込みましたように、今日から有明抄の執筆者の一人として再登板しました。

◎4月1日 平成30年4月1日 佐賀新聞「有明抄」

 卯月(うづき)、夏初月(なつはづき)、木葉採月(このはとりづき)、清和月(せいわづき)…。四月の異称はいくつもあるが、きょう「4月1日」を「わたぬき」とも読む。待望の春到来で、綿入り衣から綿を抜いて袷あわせに着替える日として日本人の粋が呼ばせた名であろう。

 一方、古代中国では、春の色を「青」とした。「木・火・土・金・水」という万物を構成する五つの元素による自然観で、その中から四季の色をそれぞれ「春(木)=青」「夏(火)=赤」「秋(金)=白」「冬(水)=黒」とあてたのだ。詩人北原白秋という筆名は秋の「白」に由来する。

 そうか、春は青か。萌もえ出る木の葉を「青葉」というのも、元気な若者を「青年」といい、そのただ中にあるみずみずしい時代を「青春」というのも、なるほど納得だが、日本人にとって、春4月は1年の中でも特別な月のようである。

 進学、就職、人事異動…。未知の世界への旅立ちとなるが、そこで、「よしっ!」という気持ちが大事だ。何事にもひるむことなく前へ歩こう。必ず喜びや感動がある。

 さて、『有明抄』が小紙1面に登場したのは1950(昭和25)年6月1日。以来、何人もの筆者によって書き継がれているが、その「有明」の2文字は有明海のそれではなく、夜明けを意味する。読者と一緒に希望の「明け有る」を探す旅である。再登板にあたって…。(賢)

 今朝の音楽です。懐かしい曲ですよ。
 TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS /  Olivia Newton-John
 https://www.youtube.com/watch?v=geB6pudWpBA


[1374] 春と定年 Name:木村 3組 Date:2018/03/31(土) 08:29 [ 返信 ]
 おはようございます。

 今日の佐賀新聞の「有明抄」です。毎度のことですが、クレームがあれば削除します。

 私は、平成21年3月に退職しましたので、丁度9年経ちました。この間、嫌な思い出は1日も早く忘れる。忘れなくていいことはしっかりと覚えておく。
 そんな気持ちで過ごしてきました。
 皆さんは、如何ですか。

 執筆者の(章)氏は、北高11期生です。
 明日からは、3期生の(賢)さんが、7年ぶりに再登場します。

〇春と定年
 〈さまざまのことは忘れむ辞する日の迫りて昼の爪を切る音〉。歌人、篠(しの)弘(ひろし)さん(85)の一首である。出版社で長く働いた経験があり、当然ながら悲喜こもごもの会社員生活だったであろう。爪を切りながら、もう全て忘れてしまおうという、きっぱりとした決意がみてとれる。

 自営業を除けば誰もがいつかは迎える定年。きょうが、その日という人も多かろう。それは「第二の人生」のスタートでもある。年度を新たにする春は卒業や入学、退職、就職と、別れと出会いの季節だ。桜吹雪の中、門を後にする人、くぐる人、さまざまだろう。

 私事で恐縮だが、きょうをもって「有明抄」担当とともに、会社人生を終える。還暦の定年である。牛のように根気強く、こつこつと言葉を紡ぎたい―。そんな意のもとに書き始めて3年。以前(2008〜11年)を含め6年間、この欄にかかわった。

 人の哀歓に触れ、愛情を胸に書くことに努めてきたが、もとより才乏しき身。たびたびの厳しいおしかりや親切なご教示、温かい励ましがあったからこそ続けてこられた。

 最後に小説家、詩人の伊藤桂一さんの詩「微風」を引きたい。〈掌(て)にうける/早春の/陽(ひ)ざしほどの生甲斐(いきがい)でも/ひとは生きられる(略)微風となって渡ってゆける樹木の岸を/さよなら/さよなら…〉。ありがとうございました。(章)

 今朝の歌です。
 「いい日旅立ち」 山口百恵でいいのがなかったので、谷村新司バージョンでアップしました。
 https://www.youtube.com/watch?v=wyFSOVqXKns


[1373] エンディングノート Name:木村 3組 Date:2018/03/30(金) 08:28 [ 返信 ]
 おはようございます。

 終活という言葉をよく聞きますし、関連してエンディングノートという言葉も聞きます。
 今朝は、そのエンディングノートについて、少し前?いや、かなり前の記事を紹介します。 
 昨日は短文でしたので、今日は少々長文です。足して二で割れば丁度かな?

◎映画評:「エンディング・ノート」 河野貴代美

 「わたくし『会社命!段取り命』、営業一筋のサラリーマンでございました。
 定年退職後、第二の人生を謳歌し始めた矢先、ガン宣告を受けたのでございます」
 そして「わたくし、終活に大忙し」という、段取り命氏のエンディングを「段取りが悪く」生まれてしまった次女が、ドギュメンタリー作品として(「次女がわたくしを追い掛け回して」)作った初の監督作品である。
 
 実は評者には、この映画を見たいという個人的事情があったのだが、映画そのものは、評者の思い入れとは全く異なるものに仕上がっていたのである。
 評者の思いは置いて、「エンターテイメント・ドギュメンタリー」というほど、おかしさというかペーソスに満ちた作品である。
 
 試写会の客席にはしばしば笑いが起きたぐらい。
 たとえば、もう時間が残されていないという病室で、これまた段取り好きの長男が葬式に招く人の段取りを枕もとで確認している。
 疲れたのか主人公は、同僚に言うように「わからなくなったら、携帯に電話して」と。
 
 また、教会に行って「主の祈り」を唱えるように言われた彼がそれを機械的に唱えているすぐ横で女性たちが何かの飾り付けを賑やかにやっている。
・・・というようにドギュメンタリーならではの、巧まざる一級のユーモアがにじみ出る。

 「私にとっては一人しかいない父ですが、ただのおじさんであるという事実は大前提なので、この何の変哲もないおじさんをどうしたら笑ってもらえるか、というのを常々考えていた」のだそうな。
 
 妻からすれば何度か離婚を考えざるを得なかったぐらい会社一筋の、ニッポンの男たちのその一人に、笑ってもらえる要素を見出したという、この若い女性 監督に端倪すべからざる資質を感じるのである。

 「ございます、わたくし」調が笑いを誘うが、これ自体が実にリアルな表現(主人公は会社でこんな風に話していたに違いない。公的場面での男たちの、間違った敬語を含む丁寧語の横行)であり、死という深刻な出来事をちゃかしているのか、というとそうでもない。

 冒頭「本日はお忙しいなか、わたくしごとでご足労いただき、誠にありがとうございます」という丁寧な口上に始まって、ずっと主人公の内面(といっても深刻・思索的ではない)をナレーションしていくのが監督自身で、最初は女性の声にいささかの違和感を持つが、 そのうち充分に段取り氏の声になっていき、その内容は秀逸である。
 既述のように驚くほど主人公(父親)をよく観察してきている。

 で、話を戻して。
 「この人生の誤算をきっかけに始まった『死に至るまでの段取り』は、私の人生最後の一大プロジェクトとなりました」。
 一大プロジェクトとは、パソコンにエンディングノートと名づけた段取りを書き残し、 そして1から10までの「TO DO」の開始。
 たぶん後者は作品の流れとして監督の編集であろうが。
 TO DOとは、ちなみに
 「1。神父を訪ねる」
 「2。気合を入れて孫と遊ぶ」 
 「3。自民党以外に投票してみる」
 「4。葬式をシュミレーション」
 「5。最後の家族旅行」
 「6。式場の下見をする」など。
 「9。妻に(初めて)愛していると言う」
 そして最後が「エンディングノート」。

 これは死後の連絡先、債権・債務、遺産配分の希望、銀行通帳の事情等々、後で誰もが困らないような詳細な覚書となっている。こんなにまで丁寧に「段取り」のできる人は稀有だろう。まさしく段取り命氏の氏であるゆえんだ。
 
 観賞第一の驚きは、写されている家族の自然さ。
 よく映画や芝居で死や臨終の場面を見るが、あれはリアルさの欠けた作り物なんだなあ、と思わせられるほど作為がなくまたたんたんと物語は進行する。
 「家族にカメラを向けるというのは日常的なことになっていたので、皆取られることに慣れていて自然でいられたと思うんです」と。
 
 第二には妻の存在。ほとんど彼女が言葉を挟む場面はないし、夫からは子どもに支えられないと一人では生きていけない専業主婦という評価である。夫婦の一方としてもっと言葉も行為もあったろうに。
 TO DO9で、愛していると夫に初めて言われ、もっとやさしく してあげたかった、自分も付いて行きたい、と、泣く。

 第三は、きわめて個人的出来事をこのような形で公の作品にしてしまうという作家魂。
 「わたくしごとで恐縮です」と冒頭教会の神父に述べるが、主人公にとって私的事項は恐縮すべきことで、(建前だとしても)、また明らかに公的事項より価値が低いという典型的な「男性原理」が垣間見える。
 出来事や父親は、監督の、この変哲もないおじさんを笑ってもらいたい、という素材にすぎない、というのだろうか。

 最後に評者がとても気にいった監督の意図はこれである。
 「(このような)タイトルをつけていることで、『死の準備をすることが大切だ』と言うことを伝えようとしているのではありません」。
 なるほど、なるほど。昨今の震災関連の言説をみよ。元気になってもらえば、勇気を与えられたら、ちょっとでも助けになれば、という、これこそ生き様モデルとでも言いたげな教訓的言辞が満ち溢れすぎていて(マスコミの罪でもあるが)、へそまがりな評者など、よけいなおせっかいだ、と思っているところである。

 題名:エンディングノート(90分)
 監督:砂田麻美(第一回監督作品)
 製作・プロデューサー:是枝裕和

◎作品紹介 - エンディングノート
 “エンディングノート”とは、遺書のように公的なものではなく、自分が死んだときに家族が困らないようにと、主人公である砂田知昭が、書き残したマニュアルのようなものだ。高度成長期を象徴するようなモーレツ社員だった砂田が会社を辞め、孫もでき、ようやく妻とも穏やかな時間を過ごせるようになった矢先の末期ガンの告知。心配する家族をよそに、砂田は自分の最期に向かって段取りを始めていく。

 カメラを回し続けるのは本作の監督でもある次女。主人公の前向きなキャラクターと、それを見つめる次女のまなざしがあるからこそ、本作はただ悲しいだけではなく、見終わったあとに清々しささえ感じるポジディブなドキュメンタリーに仕上がったのだ。全編を流れるハナレグミの音楽も魅力。

今朝の音楽です。童謡「花かげ」
https://www.youtube.com/watch?v=V665jQ8wW00


[1372] 副島選手念願叶う Name:木村 3組 Date:2018/03/29(木) 06:53 [ 返信 ]
 おはようございます。
 
 平成19年の夏、広陵との決勝戦で八回裏に逆転満塁ホームランを放った副島浩史選手が、この4月1日で佐賀県教員に新規採用され、唐津工業に赴任することが発表されました。

 野球の指導をすることになると思いますので、久保貴大投手率いる佐賀北との試合が今から楽しみです。

 今朝の曲は、4度目(?)の登場です。
 栄冠は君に輝く
 https://www.youtube.com/watch?v=A3pd2U_6Fxk


[1371] 古本の値段 Name:木村 3組 Date:2018/03/28(水) 08:37 [ 返信 ]
 おはようございます。
 今朝も毎度お馴染みのどうでもいい話です。
 
 一度だけですが、古本屋さんで古本を買ったことがあります。

1、文春新書 「渋沢家三代」 佐野眞一著    
  1999.4.25 第8刷発行 帯封なし
  定価840円が、400円でした。

2、PHP新書「歴代総理の通信簿」 八幡和郎著
  2006.9.1 第1版1刷 帯封なし
  定価880円が、400円でした。

3、中公新書 「大久保利通」 毛利敏彦著   
  1969.5.25 初版発行 帯封あり
  定価200円が、500円でした。
  この本は、本文に傍線を引いた箇所が何カ所もあり、そのうえ購入日と購入者氏名が記載されているにも関わらず、他の2冊よりも高い値段が付けられていました。

 古本は、初版本で帯封がありレアものであれば、高く買い上げてくれるということを、以前聞いたことがあったのですが、まさにその通りでした。
 なお、古本屋には、佐賀県史や市町村史、大会記念誌、同窓会名簿など、こんなものまでもあるのかというくらい、いろんな本が書架においてありました。

 今度は、新書本ではなく古い歴史物がどれくらいするものか、偵察に行きたいのですが、貫通道路にあった古本屋兼骨董店が閉店してしまいましたので、困っています。

 我々古くなった人間の査定額は、どれくらいでしょうか。

 今朝の音楽です
 クリスタルキング 「大都会」をどうぞ。
 作詞とボーカルの田中昌之は、伊万里市出身で伊万里商業を中退して歌の道に進んでいます。
 デビュー時は、スリーオクターブの美声と言われるほど音域の広い歌手でした。

 https://www.youtube.com/watch?v=ADgZsoSzDp0


[1370] 笑いましょう Name:木村 3組 Date:2018/03/27(火) 18:01 [ 返信 ]
 とにかく笑ってください。
八代亜紀、坂本冬美、小林幸子が持ち歌の歌詞を替えて歌っています。
 ただ、3人目の小林幸子は面白くないのでパスしてください。
 なお、聴くときは、ヘッドホンもしくはイヤホンでお願いします。

https://www.youtube.com/watch?v=vaxf3kXJ1ls
上記アドレスは、今現在、削除されています。


[1369] 休肝日 Name:木村 3組 Date:2018/03/26(月) 08:52 [ 返信 ]
 週休二日制を敷きましたので、土日は書き込みを控えました。

 ところで、週に一回48時間アルコールを抜くようにと、医者から言われているのですが、これが中々実行出来ません。

 先週も月曜日から三日間飲み続けてましたので、木曜日は朝から今日は飲まないと、信仰心厚き私は神様、仏様、稲尾様に誓っていましたのに、神仏の御加護はなく、非情にも長年の酒の友から、酒造メーカー天山の酒を堪能する会があるが、行かないかと悪の囁きがありました。

 友を大事にする私としては、むげに断ることが出来ず、仕方なくトボトボと飲み屋に出かけました。
 口開けは世界の酒の大会で、金賞を取ったスパークリングで、その後は5種類の酒を飲み比べ、しっかりと「酔うて候う」となってのご帰還と相成りました。

 これで終れば、メデタシメデタシでしたが、そうは行かないのが、世の常。
 土曜日は、鹿島市浜で開催された鹿島酒蔵ツーリズムに行き、タダ酒(一部有料)をしっかりと飲んで来ました。
 そして昨日は、友人、知人、赤の他人入り混じっての花見に顔を出して、花を愛でるなんて風流なことは一切なく、ただひたすら一心不乱に飲んで来ました。
 流石に、今朝は胃の腑が悲鳴を上げています。
 皆さん、休肝日を設けましょう。


[1365] 先生の思い出その@ Name:木村 3組 Date:2018/03/21(水) 08:46 [ 返信 ]
 おはようございます。
 今朝は、北高の話に戻りました。

 先生の思い出 その@

 卒業して50年が経ち、教えを受けた先生の思い出は薄れるばかりです。
 そこで、私が記憶している範囲でエピソードのようなものを書き込みます。
 無論、思い込みで間違って覚えているかも知れませんので、その際は、ご指摘をお願いします。

◎桜井太郎先生
 英語科の科長だったと思います。
 先生のことについては、1142番で長男、城南中、昭栄中のキーワードで一度書きましたが、この時はS先生と表示しています。
 
 先生の思い出としては、車種は忘れましたが、先生が乗っておられた自動車は確か軽自動車で車両ナンバーが26−32でした。
 この番号を見た1年9組の悪童が、「風呂見に行こう」と読んだことは、今でも忘れられない思い出ですが、先生は敬虔なクリスチャンと聞いていましたので、単細胞な私は「風呂見に行こう」が、先生とはどうしても結びつきませんでした。

 また、私が英語のノートの表紙に北高太郎と書いていたのを、授業中に先生に見つかり、「君は、北高を代表する生徒かね。太郎というのは代表するという意味もあるんだよ。」と、諭されたことがあり、まさに教諭でした。
 最も私は、山田太郎、山田花子の類のつもりで書いていたのですが、……。 
 
 さらに、3年のときだったと思いますが、英語の授業は桜井先生と小池俊光先生でした。この旧制佐高(理科)出身の小池先生は、よく脱線していました。特に、「先生、旧制佐高のファイヤーストームはどんなものでしたか」と、先生に話を振りますと、今やっている貴方方のストームはストームではありませんと、自分が在校していた当時の話を40分くらい滔々と述べられ、最後の10分でひとコマ分の授業をされていました。
 こんなことは、ちょいちょいあり、前に座って真面目に授業を受けている人たちからは、「いらんことを言うな」と、お叱りを蒙りました。

 桜井先生はそれを多分知っておられたのでしょう、「小池先生の授業はどうかね、進んでいるかね」と、よく我々に授業の進捗状況を確認されてた記憶があります。

 先生の自宅は、中折の天祐寺川の側にあり、時々散歩で側を通るのですが、数年前に亡くなられてからは、今はどなたも住んでおられないような様子です。

 今朝の音楽です。
 女子十二楽坊 自由

 https://www.youtube.com/watch?v=4WSQ6s1P_nw


[1368] RE:先生の思い出その@ Name:木村 3組 Date:2018/03/25(日) 20:16
 この話しの後段は、3年3組ではなく2年1組での出来事でした。不悪。

[1367] 甲子園奉加帳 Name:木村 3組 Date:2018/03/23(金) 08:49 [ 返信 ]
 おはようございます。

 昨日、東京在住の知人から、「今度、伊万里高校が甲子園に出場することは知っているだろう。伊高は自分の母校で自分も野球部だった。ついては、募金を頼む」と、趣意書と振込用紙を添えた手紙が届きました。
 このことで、古い話を思い出しました。

 平成12年夏、北高は甲子園に出場しましたが、2回戦(実質初戦)で横浜高校に1−12で敗退しました。
 開校以来初の甲子園出場ということで、同窓会県庁支部では募金活動の準備を始め、そのノウハウについて数多くの募金経験を有する佐賀商業高校同窓会県庁支部関係者に相談したところ、募金をすることに関して知事の了解を得るのが先決だと聞き、早速知事にお願いに行ったところ、時の知事の口から、「いろんなことで県庁職員への支援要請がなされ、寄付金が庁内で募られるが、職員にはそんなに余裕があるような高い給料は払っていない、止めたらどうか」と、思いもよらない話が出ました。

 他にも、
・何故野球だけか、他の運動部のときはやっていない。
・甲子園の入場行進を見ていると、全員が新品のスパイクやユニフォームを揃えている。
・スポーツバッグも、同じように新しいのを持って行っている。
・そういうのを見るたびに、県庁内での寄付金集めに対して疑問を持っていた。
 等々言われました。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかず、初めての甲子園出場ですので寄付集めをやらせてくださいと、食い下がりましたところ、最後は、「仕方ないな。しかし、寄付集めについては、総務部長にも話をして了解を取るように」ということでしたので、私は了解を得たつもりになり、知事室を出たその足で、総務部長を訪ね、当時、部長のお守役をしていた庶務係長(北高7回生)に、詳しい事情は話さず「貴方も北高だから」と同席を求め、部長に立ち話で了解をお願いしようとしたところ、「まあ座れ」ということになり、これまた、延々30分くらい説教でした。

 記憶は定かではありませんが、概ね次のようなことではなかったかと思います。
 「君も知事とはいろいろと話をしたり、酒を飲んだりしたことがあるだろうし、知事査定とか、決済を通してどういう性格かということも分かっているだろう。知事が本気で了解したと思っているとしたら、それは大間違いだ。知事の真意は、募金はやるなということだ。自分も、何故野球だけが優遇されるのかと常々思っていた。白石高校が駅伝で全国大会に行く時も、佐賀工業がラグビーで全国大会に行く時も、庁内での寄付金集めはしていない。良い機会なので、君のときに(寄付金集めは)止めたらどうか。」ということで、理解を得ることが出来ず、それまで恒例となっていた春夏の甲子園出場支援のため、庁内に奉加帳を回して寄付金を募っていたのが廃止となりました。

 そして、平成19年夏の快挙となるのですが、このときは、勝ち進むにつれて資金不足が同窓会本部から県庁支部に伝えられ、資金応援が求められました。

 平成12年の経緯を当事者として知っていただけに悩んだのですが、北高出身の部課長等と募金手法について協議していたところに、話を聞いた佐賀商業を始めとした他校の同窓会県庁支部の人たちから、「今回は特別だからやってもいいのでは」と言う後押しの声がありましたので、今年は例外ということにして庁内募金を行いました。
 たしか、3,4日で300万円を超える浄財が寄せられた記憶があります。



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